彼女は勇気を振り絞る③
引き止めてくれなかった……のだと思う。
「何かできることがあるなら言ってほしい」
友一は優しく微笑んだ。こんな時でも、君は自分の本心を明かしてくれないのか。
「うん……まあまだもうちょい先だけど」
「そう……だな」
月明かりが鬱陶しかった。こんなものなくなってしまえと八つ当たりをしてしまった。まるで月光が、悲劇のヒロインのライトアップをしているかのようだった。やめてくれよ。余計惨めになるじゃないか。
やはり、私と友一は結ばれてはいけないのだろう。
かつての私は、その優越な立場と感情をもとに他人へ襲い掛かるモンスターだった。
そんな自分すら愛してくれた友一すら、個人的な感情で傷つけてしまった。
私には罪がある。罪人が友一の隣を歩けるわけないじゃないか。そんなこと重々承知していたのに、していたはずなのに、私はまた、分不相応に求めてしまった。
「じゃあ、いこっか」
そう言って歩く友一の背中は、もう私のことなんて興味がないように思えて、それが幻覚なのか事実なのかも把握できなくなってしまった。こうして私達は疎遠になっていくのだろう。昔一緒に住んでいたことは過去の思い出話になって、お互い大人になって、別の人を好きになって……
あっ、無理だ。
耐えきれないと思ったら、ここで言う予定のない言葉が浮かんできた。例え友一が、今の私に対して見向きもしてくれなくても、この言葉が心の底から湧き上がってきた。
恋の作戦って、なんなんだろう。
相手を好きになってもらうために戦略を練る。恋は戦争なんて言うけれど、それに一体何の意味があるのだろうか。
湧き出る思いが止められるわけでもない。
例えここじゃないと確信していても、伝えたい想いは日に日に膨らんできている。
「ん?どうしたんだ?乃愛」
立ち止まったままの私を見て、彼は少し訝しげな顔をしていた。ん?と首を傾げる顔がまた愛おしい。
「な、なんでもない。なんでもないよ……うん」
歩く度に胃から感情が吐露されるような気がした。どうしたらその重みが消えるのかは、私が1番わかっていた。だからこそ私は呟いた。伝えたい想いは、もうずっと仕舞い込んでいたのだから。
「友一……」
「ん?何?」
遠くから何かの呻き声が聞こえていたが、私は気にせずじっと友一の目を見た。乾き切った喉から声を出すのが、ほんの少し怖かった。それでも、視線を逸らさず3秒間。
「……好きだよ……」
悲しい告白を君にあげよう。引き止めないでくれ。私はもう、友人にも恋人にもなれないのだから。




