彼女は勇気を振り絞る①
思えばこの1年半、いやこの半生と言った方がいい。私、古村乃愛は誰かに甘えて暮らしてきた。本来が天涯孤独な定めにも関わらず、常に誰かへ寄生しては笑顔を振りまいていた。情けない女だ。
でもそれは、理由じゃない。
家出少女として、自宅に戻るのは普通のハッピーエンドである。いつ復活するか分からないが、本家次男坊の妾計画も頓挫したまま動きがない。ならばと育ての親のところへ仲直りをし戻る選択肢もあるだろう。
そんなこと、絶対にしない。
ちかちゃんとの兼ね合いで、自分と彼が同じ部屋に住んでいるのは釣り合いが取れていないのではないかという指摘だってある。例えちかちゃんが結ばれた時、私は邪魔者以外何者でもない。それを排するために、家から出ていく。
そこまで私は、お人好しじゃない。
「え?……」
月明かりしかない畦道の真ん中、たった2人の空間がふんわりと包む午後9時半。私の言葉に理解が追いつかない様子の友一が、少しだけ嬉しかった。だけど私は再度口を開く。
「10月になったら、1人で暮らすんよ。だから君の家にいるのは、もう終わり」
心地よくない風が吹いた。夏真っ盛りだから仕方ない。せっかくの門出なのに、どうして世間は私に冷たいのだろう。
「どうやって……どうやって生きていくんだ?」
「どうやってって……友一やって生きとるやろ?バイトで。私やってそうするよ」
「え?そんな……」
「今のバイトを続けるのが1番かな?店長さんは続けて欲しいって言っとるし。それで、公務員試験の勉強とバイトを両立して生活する」
「生徒会は?水泳部は?」
「両方とも辞める。流石にやってられんからね」
元々これは覚悟していた。どちらもそろそろやめようと思っていた。
「そんな……」
「ええんよ。そんなこと心配せんで。ありがとうな、これまで一緒に……私のこと匿ってくれて……」
私は話しながら、友一の顔をチラチラと見ていた。怒っているのだろうか。焦っているのだろうか。安堵してたら嫌だなあ。
「このこと、最初に友一に言えて良かった。これまで、ありがとうな」
なんで返してくるのだろう。どんな返事をしてくるのか身構えていた。だってこれは、友一と結ばれる為の方策なのだから。
薄々気付いていた。友一は、昔の私を求めている。昔の私を求めているから、バイトもするなって言うし、昔の私のイメージを損ないたくないから、金銭の授受も固辞している。
このまま一緒に住み続けても、彼の瞳に私は映らない。いつまで経っても、王女様の幻影が消えないのだ。
それでも彼との日々は楽しかった。友人でも恋人でもない関係を甘受しても、幸せな日々は続くのだろう。でもその結末は、多分私とは結ばれない。今の私とは結ばれない。そしていつか、あの部屋から出ていくことになる。
私はじっと彼を見た。震える体を抑えて、友一の次の言葉を待っていた。




