表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
337/365

初日夜の部その③

 小学生の頃、モーツァルトになりたかった。


 マリーアントワネットと結ばれるには、彼になるしかないと思った。


 ピアノ演奏会の後、告白をしてなお結ばれなかった彼だけど。


 自分なら、それをハッピーエンドに持っていける。


 そう信じていた。


 幼き頃の、ただの妄想だ。


「ゆーいち、どうしたの?」


 王女様、いや、元王女様が声をかけてきた。


「ピーマン焦げてんじゃん、食べろよ」


 新河(しんかい)がひょいっと紙皿にカーボンがかったピーマンを乗せた。僕はそれを見つつ、黙々と食べていた。


 周りでは歓声が上がっていた。このお肉おいしいー!とか、ご飯まじうめえー!とか。俺は端っこに座って、屋外に広がっている星を見つつ、黙々と野菜を食べていた。


 いつからそう思わなくなったのかは、思い当たる節がある。


 コンサートに出ないことになったあの日だ。


 あの日から、日課のように弾いていたピアノから離れた。


 多分才能も、努力も、熱意も、何より環境も、


 何一つとってモーツァルトに敵わなかったのだろう。


 あの時とまった時計は、未だに動いていない。


 あれからピアノを弾く機会はあった。


 それはそれで嬉しかった。


 目標なく生きていた自分を弾き入れ、年に一度の居場所をくれた嶺さんには、未だに頭が上がらない。


 多分あのまま過ごしていたら、ピアノなんて嫌いになっていただろう。


「いやだからゆーいち、今度はナスが焦げてるから」


 今度は乃愛(のあ)が直接取り皿に入れてきた。流石に少し心配になったのだろう。


「どうしたん?何かあったん?」


 周りのザワザワで聞こえないほどの声の大きさで、乃愛は尋ねてきた。遠くで竹川(ちくかわ)が席を変えようとしていたが、古森(ふるもり)によって制されていた。


 ふと乃愛の顔を見た。あの時より肉も少なくなり、髪型も変わってしまったが、面影だけは少し残っていた。


「ん?私の顔になんかついてる?」


 でもあの時の彼女ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなことはわかっているのだが、どうしてもあの幻影を追ってしまうのだ。


「油でも跳ねたかなあ……」


「乃愛」


 俺は目の前に座る新河にも聞こえないような声でこう呟いた。


「マリーアントワネットに、戻りたくないか?」


 何を言っているんだろう。ここだけ見た人はそう思うだろう。でも、俺たちにとってそれだけで意味も言葉も通じる。


 乃愛は驚いた顔をして、焦った顔をして、そしてすぐ、覚悟を決めた顔をした。


「戻りたくない……」


 そしてよく焼けた牛肉を手にした。


「私は、今の……」


 続きはなかった。言い澱んで、誤魔化すように肉を食べた。俺もつられて、焦げたナスを食した。少し焦げがついていても、美味しいと思ったのは不思議な話だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ