初日夜の部その②
近藤はやたらと血色が良かった。恐らく風呂上がりだからだろう。赤色の髪の毛は女子にしては短めだから、乃愛のように髪をまとめる必要はない様子だった。普段着の黄色のパーカーは、暑いのか胸元が少しだけ空いていて、鎖骨が見えていた。パンツスタイルなのもあって、足がすらっと長く思えた。
「お野菜……切ってるんだ」
俺はそう聞かれてうんと頷いた。
「お肉にはあんまり興味ないんだよね?」
「前クラスで行ったBBQでもそうだったしな。脂身は好きじゃない」
別に意図的に会話量を減らしているわけではなかった。何となく、彼女との会話がぎこちなくなってしまっただけだ。何故かは俺にもわからない。
その空気を察してから察してないか不明だが、近藤は洗い場近くの壁にもたれかかってこちらをじっと見ていた。洗い場には窓がついていて、そこから外の景色も見れたし、虫が鳴く声も聞こえてきた。
「近藤は食べなくていいの?」
俺はその間に耐えかねて、口を開いてしまった。近藤は一瞬戸惑った顔をしたが、直ぐにいつもの彼女に戻った。
「いいよ。お昼食べ過ぎちゃってさー」
そう言って楽しそうに笑う彼女は、少し自分とは違うなと思った。何が?住んでる世界?わからないけれど。
俺はようやく野菜を切り終わった。これでこのよくわからない気まずい空間からはおさらばである。そう考えた俺はすぐさまBBQ会場に戻ろうとした。その時である。
「ねえ、ゆう……いちくん!!」
呼び止めたのはもちろん近藤だ。
「ど、どうしたの?」
まさか止められると思ってなくて、俺は少しビクビクしながら彼女の方を見た。近藤は大きく息を吸って、そして真っ直ぐな目をして俺に尋ねてきた。
「マリーアントワネットについて、どう思ってる?」
俺はそれを聞かれた時に、ふっとあの日のあの人を思い浮かべてしまった。ダメだなあ。もうあの人は墜ちたのに。
「え?フランス王妃のこと?」
とぼけた回答などしてはいけないこと、本当はわかっていたのに……それでもそう答えざるを得なかった。まだまだこの身はハイデッガーだ。過去に隷属したままなのだ。
「…………」
無言の圧力が、彼女から届いた。とぼけるなと言っているのだ。しかしそれに、従順に乗るわけもない。
「……詮索しないで、答えたくない」
恐らくあの顔は、知ってしまった顔だろう。誰だ教えた奴は!?何でとぼけない。思い当たる節はある。夏休み前に全力で乃愛が弁明していたあの日、あの日に何かあったのだ。
「じゃあ、また今度聞くね」
もう2度と聞かないで欲しいと思いつつ、俺は無言で鉄板まで野菜を運んだ。心を鎮めようとしていたのに、さっきよりも爆速になっていたのは内緒だ。




