嵐は突然やってくる
「いやさ、いいからあんたは認めるべきなんだって」
それは旅行前、プランを練っていた時の話だ。近藤からの提案に、電話向こうの僕は顔をしかめてしまった。
「僕がまるで素直じゃないみたいに言うな」
「素直じゃないから言ってんの。会長のこと好きなんでしょ?」
「これは憧れから来る羨望の眼差しという側面が強く、自分のものにしたいと言う個人的な欲求を押し付けるのは傲慢なのではないかと言うパラドックス的な……」
「だからそういうのを全部やめろって言ってんの。わかりやすくものを考えろ。少なくとも、馬鹿の私にもわかるレベルで」
近藤は深いため息をついていた。どうやらこの人はあまり論理的思考を得意としていないようだ。わかりやすく生きているというより、何も考えていないのではないか?
「そもそもさ、恋愛って結構外堀が重要なわけよ」
「ほう、外堀」
「周りがあいつらいい感じじゃんとか、あいつら付き合ったらとか、そういうノリになってくると女の子側も少し意識し出したりするんだって。そりゃたまに露骨なことやりだす馬鹿もいるけどさ。大抵は節度持って協力してくれるわけよ」
「なるほど、因みに近藤さんはどなたから外堀を埋めているんだ?」
しばしの沈黙。
「のどかちゃん、とか?」
「すんごい嵐を起こしそうだな」
「とにかく!!アピールするのは大事ってこと。同性の前であいつが好きなのは自分だと、堂々とアピールするの!それだけでも効果あるって!!」
僕はそう聞いても、いかんせん納得しきれていなかった。そういう恋は戦争的な話に嫌悪感を抱いていたのは間違いない。遠坂苑辞の17年間に、他人の評価を使って物事を成し遂げたことなど高校入試の内申点くらいである。それすらもテストの点数という自身の努力で認めさせた。だからそうした外堀理論が体に馴染まなかったのか。
不十分な理論構成である。
「いやでも、周りからの評価で価値観を変えるような人じゃない」
こう思っていたからだ。僕にとっての会長は、古村乃愛は、それほど高潔な人物なのだ。
「だから本当に、彼女に好きになってもらわないと意味がない」
そんな彼女の姿に憧れた。僕が今いるのも、あの人のおかげだ。
「まあ、言わんとせんことはわかるわよ。多分その問いは、私と新倉君との間でも成立すると思う。あの人に好きになってもらわないと、何も始まらない」
近藤はいつもの少し男勝りな声から、弱々しい声へと変貌した。
「まあでも一回言ってみなよ。みんなの前で」
「……話聞いてたのか?」
「聞いてたよ。その上でのアドバイス。別に外堀埋めてとか、何か取り持ってとか言わなくていいから。宣言だけしてみてよ。多分、ちょっと変わるよ」
「……そうか」
「ほら、よく言うでしょ。口に出したら、想いは強くなるって」
近藤はそうアドバイスをくれた。だからだ。露天風呂から上がり、部屋決めをしている最中、僕はちゃんと口に出したのだ。
「僕は会長が好きだ」と。




