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初日朝の部その⑧

 火照りが止まらなかった。


 顔が真っ赤になったのを誰にも見られたくなくて、俺はずっと外を見ていた。


 なんなら窓を開けたいくらいだった。


 クーラーはガンガンに効いていたし、一時期に比べるとめっちゃ暑いというわけではない。


 それでも身体が水分を欲していた。


 だから俺は自分の体に落ち着けと言わんが如く水をがぶがぶと摂取していた。


 いや仕方がない。うん仕方がない。


 あんな場面で、あんな恥ずかしいことを言われるとは思っても見なかったのだ。


 乃愛(のあ)と俺は同じ部屋で生活している。


 だからといって、あんな甘酸っぱいやりとりを日常的にしているわけではない。


 俺は乃愛のもの、か。


 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、あの時の世界一愛おしい女王様が戻ってきた気がした。


 気がした瞬間に俺は首を振った。


 やめよう。希望を持つのはやめよう。あの子はもう、この世から消えてしまったのだ。


 それでも、求めてしまいそうになる。


 あんなにもぞくっとさせられたのだから、どうしても求めたくなってしまうのだ。


 あんなのは戯れだ。


 本人だって冗談だっていっていたじゃないか。そう都合よく思うことにして、俺は窓を見ていた。


「もしかして……新倉(にいくら)君酔っちゃった?」


 窓を見ながら水をがぶ飲みしていたので、どうやら要らぬ心配をかけられてしまったようだ。俺はその時だけ振り返って、近藤(ちかふじ)の顔を確認した。後ろの席には竹川(ちくかわ)と武田と遠坂(えんさか)が座っていた。特に自分の真後ろに座っている竹川がよく喋っていた。


「いや、酔ってないけど」


「そ、そうなんだ。お水飲むんだよ……」


「そういや新倉もなんかきな臭い動きしてるよなあ?なあ?」


 いや本当に、竹川は自分の本性と乃愛への異常な執着を隠すべきだと思う。どういうか昔はもっと隠してた。いつの間にか全部オープンだ。


「きな臭い?日本語難しい」

「お前の国語力ならわかるはずだぞ」


 遠坂はそう言って少し茶化した。それを見て近藤は少しだけイラッとした顔をしているような、そんな様子だった。別にそんな、苛つかなくても。


 しかし俺は空を見ていた。一度視線を切ったものの、じっと空を見ていた。後ろの雑音なんて聞こえてこなかった。それが心地よかった。答えたいことなど一つもなかった。わからないことはたくさんあった。


「ほら新倉君は酔ってるからさっきみたいな駄々絡みするのはだめだよ」


 いや違うんだけどな。そう弁明しているのに、心の中だと限界があるそうだ。混同はそれを口にした結果、後半の車両では特に突っ込まれることなく平和に目的地まで向かって行った。


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