初日朝の部その⑥
前もこんな感情になったことがあったな。あの時は……そうだ。近藤に親のことを聞かれた時だった。俺が引っ越したことないなんて、その出自を知っていたら誰でもわかる。いや、施設から出たからある意味一度引っ越しているのかもしれないが、それでも俺はこの街から外に住んだことはなかった。
「新河は岐阜だっけ?」
質問に質問で返した。答えたくなかったからだ。
「そうそう、岐阜の片田舎よ。どれくらい田舎だって言うと、名古屋に繋がる橋が一本しかないくらい」
「結構だな」
「そうだぞ??陸の孤島だと思う」
新河はそう言って笑った。彼らしい少しくだけた笑い声だった。
「最近実家に帰ったんだよ、岐阜の。結構街並みとか古くなっててびびった。そういや、帰省とかしたの?新倉」
これもまた、無邪気な質問だ。しかも今回は先に回答しているせいで疑問形で返すことすらできない。
「してないな……うちの家そう言うのあんまりしないタイプだし」
まあそもそも誰もいないんだけどな。うちの家に居るのは前の車に乗る生徒会長だけだ。
「ふーん、まあそういうとこあるらしいしな、ハワイ行くとか」
「いいなあ。ハワイかあ」
「隣の学校は修学旅行ハワイらしいけどな」
「まじかよ公立のくせに豪華だな」
適当な会話だ。空虚な会話だ。どこぞの誰かはこれを、上辺だけの偽物と断ずるだろう。しかし別にどうでも良かった。新河はそういう実にならない話をのんびり続けるうちに、何となく打ち解けられるような、そんな人柄だったからだ。
「ねえ、あんたらいつまでそんな老人みたいな……」
「そういやさ、新倉って古村会長と空気似てるよな」
古森が武田に注意を向けろと訴えようとした瞬間に、新河は爆弾を投げ込んできた。
「一緒に住んでんじゃね?ってくらい。もしかして幼馴染とか?」
「いやいやいやいや、新河それはないだろ!!全然違うぜ??」
最初にそれを否定したのは梅野だったが、俺も内心梅野を応援していた。そうだそうだ!!見目麗しい生徒会長とそこらへんの地味根暗一般男子生徒だぞ!!空気にてるわけないだろ!!確かに一緒の部屋に住んでるけど。
「違うかなあ?」
「違うって!古村乃愛だぞ??生徒会長で水泳部のエースで学校一の美人さんだぞ??お前それちーのどの前で言ってみろ??命取られるだけじゃ済まねえぞ??」
そうだそうだ!!!俺はそう心の中で応援していた。なんなら梅野、もっと俺のこと悪く言ってもいいんだぞ?とすら思っていた。
「武田はどう思う?」
先程まで落ち込んでいた武田は、後ろを振り向きつつ、少し戸惑った表情をしていた。
「いや……うーん……うーん…………」
そういや武田は俺ら2人が歩いてるの見たことあったような……
「ほらー!魅音ちゃん動揺してるじゃん!!変なこと聞くなってのー!!」
そして俺らの素性をよく知っている古森がそうカバーして話を切り上げた。新河はたまにこうして、突拍子もなく勘のいいことを言う。それが少しだけ怖かった。悪気がないからこそ、余計にタチが悪いのだ。




