8月21日その①
しおりを読んでいた。今日になって初めて読んでいた。仕方がなかろう。LINEで全体展開されたのが本日の夜7時半なのだから。遅いのではないかと言う指摘は竹川にでも言ってくれ。
アメニティが思ったより揃っている印象だった。それとバス代とか移動費が必要だと思っていたのに、運転手は古森の黒服というのも驚いた。彼らは自由に使われ過ぎではなかろうか?ちゃんと給料をもらえているのだろうか?
「あー先輩がまたスマートフォンを熟読してるー!」
そう言ってきたのは塚原だった。バイト先の後輩というロールプレイでこちらに近づいてきた。別にやめてしまえばいいのに。昔の通りに話しかけてくれたらいいのに。
「なに見てるんすかー?すかー?」
「そりゃあれだろ、彼女とのいちゃいちゃ……」
「旅のしおりですよ。ようやく来たので」
タバコを吸いつつ変な絡み方をしてきた、いやいつもの絡み方をしてきた店長に対して、俺は邪険に扱いつつ鞄を肩にかけた。
「ハシラから聞いたぞー?女の子とのデートに行ってきたんだろー?」
「あの人からまだ傘返してもらってないんですけど」
「お、デートの方は認めるんだな」
「デートか云々よりも実害が大きいから先に言ったんですよ。店長からもきつくお説教しておいてください。人の物をとったら犯罪だって」
「はいはい。ついでに否定しなかったことも伝えておく」
「良いですよもう。何揶揄われてももいいから早く傘を……」
とここでふと後ろを振り返った。
「デート?」
そこには目をまん丸にしてじとっとこちらを見る塚原の顔があった。半端ないプレッシャーだった。
「それじゃあ俺帰りますねー」
「ほーい、旅行楽しんで……そうだ!」
おい引き止めるな引き止めるな俺は今から後ろに控えている地雷を処理しなければならないんだ。そう思いつつも店長の話を反故にしてしまうのは気が引けたので、その場にとどまることにした。
店長はお金を渡してきた。金額にして2千円。新倉家では10食分にあたる金額だ。
「お土産買ってきてくれないか?」
「お土産ですか?蟹ですか?」
「まあ蟹はうまいし買ってこれるならあと数千円は渡すけど……」
「季節じゃないですもんね」
こんな軽妙なトーク中にも、睨みつけるきつい視線が背後からぶっさしてきていた。
「米知味噌って有名な味噌があってな。それを買ってきて欲しい」
「米知味噌……?」
「初耳だろ?でもこれで味噌汁を作るとコクが出て結構うまくなるんだよ。多分これだけあったら足りると思うし、余ったらお菓子でも買ってきてくれたら嬉しい」
お土産は通常旅行者の懐から支払う物だが、気を使ってくれたのだろうか?それとも商品を指定したからには、対価を支払って迄も欲しいと思ったのか。いずれにしても、俺はお使いを頼まれてしまったのだった。




