表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
307/365

旋律は止まらない

 ピアノを弾くことは知っていた。そのピアノで、ジャズフェスを盛り上げていたことも知っていた。なんなら、演奏しているところも、非合法な手段なら見たこともあった。


 でもここまでだとは思わなかった。とても楽しそうに、何者にも邪魔されず、明るく楽しくそれでいて正確に指を運んでいく。その姿はまるで、ピアニストのようだった。


 私にはピアノに関する知識なんて皆無だ。モーツァルトも最近聴き始めたばかりで、それまでクラシックの演奏に批評をつけるどころか、クラシック自体に興味のなかったのだから。でも一つだけ思ったことがある。


 彼はピアノを弾いている時が、1番輝いている。


 塚原さんが執拗にピアノを弾けとせがむ理由がわかった気がする。そりゃ、あんな嬉しそうな顔を見せられてしまってはもう一回と頭を下げるだろう。


「次は何がいい?」


 周りに人が集まってきていたにも関わらず、新倉(にいくら)くんは私に声掛けてきた。え……あっ……口籠っていると、周りからリクエストが飛んできた。


「あれ弾いてくれよ!!この前のジャズフェスで1発目に弾いたあれ」

「結構しっとりした曲ですけどいいですか?」

「いいとも!」


 店内どころか、店外にも人が集まっていた。先ほどのショッピングモールよりも人がいる気がした。


「それでは、『It's a sin to tell a lie』」


 流暢な英語とともに、しっとりした曲調の旋律が流れてきた。こんな曲も弾けるんだ。モーツァルトだけじゃないんだ。


「なあ、お嬢ちゃん」


 集まってきた人の1人に話しかけられた。タンクトップを着たいかにもおじさんっ!って風貌のお方だった。


「君が、この子をここに連れてきたのかい?」


 違う。ここに連れてきたのは彼だ。私はただ、案内されただけだ。それでも私は首を縦に振った。その言葉の真意を理解していたからだ。


「そうか……ありがとう。あの子のこと、とても心配していたんだ。なんせ一年に一回しか聞けないからね。元気でやっているのかなあって」


「そ、そうなんですか」


 私は少し動揺しつつ答えた。本音を言うなら、ピアノを弾く彼に視線と集中を最大限向けさせたかったのだ。


「今でも思うよ。もしも彼に、ほんの少しの欲があれば、欲を持てる生き方ができていれば、今頃ピアニストの卵として日本全国、いや海外にもいけたんだろうなあって」


「無欲、なんですか?」


「欲がないんじゃない。多分彼は欲の持ち方をわからないんだ。せめてもう少し……」


 とここで黙った。演奏中に話しかけたことを反省したのか、そこからは静かに演奏を聴いていた。一つだけわかったのは、ここにくる人たちは私以上に新倉くんのピアニストとしても側面を理解しているのだと言うことだった。私はわからないから、ただただ楽しそうな彼を見ていた。見続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ