8月19日その⑥
と、ここで俺は少しだけ忘れていることがあった。
まず一つ目として、JCカフェは今いるショッピングモールから線路挟んで反対側にある。
二つ目として、外は雨が降っている
三つ目として、俺は傘を持っていない。持っていたのだが、とある凶悪な先輩に奪われてしまった。
そして四つ目、JCカフェに行くには傘をささなければ雨に濡れてしまう。
以上から導き出されるシチュエーションは、男女に傘一つである。
「そういや、傘持ってきて無かったんだっけ?」
持ってきてたんだよ!!と言いたくなったがぐっと堪えた。今度あの先輩には再度山形牛を奢ってもらおう。今度は手加減せずに、乃愛も連れて行って惨状と変えてやろう。
「う、うん!家を出た時には降ってなかったからね」
本当は降っていたのだが強調しておいた。あー早く止んでくれないだろうか……
「ここからそのカフェまでって、歩く?」
「まあ5分くらいかな?」
「そ、そうなんだ……」
意味深な沈黙が流れた。お互いが一瞬目を合わせたかと思ったら、またすっと視線を逸らした。彼女の持つ傘を見るたびに、過剰反応してしまった。
近藤は絞り出すような声で尋ねた。
「良かったらさ、この傘2人で使わない??」
断ろうと思った。別に濡れても良いと思った。でも、断ることができなかった。
「あ、うんいいけど……」
所謂、相合傘である。女性経験があまりにも乏しい俺にとって、未体験の空間に入り込んでしまった。恐らくそれは、近藤もそうなのだろう。
開いた傘に、俺はほんの少し間を開けて歩いた。肩の部分が少し濡れていたが、べったりくっついて歩くほど慣れてなんかいない。
「濡れて……ない??」
自分が濡れているにも関わらずそう尋ねてしまった。
「大丈夫だよ、ありがとう」
そう感謝の言葉をもらったはずなのに、近藤は一切目を合わせてくれなかった。
そのまま2人、何とも言えない雰囲気のまま歩き続けた。いつもならもう少し小気味いいトークのできるはずだったが、その時だけは早くなる心臓の鼓動を抑えるのに必死だった。
この時感じた恥ずかしさは、暫く胸に残り続けるだろうな。俺はそう思った。
「あ、ここだよ!JCカフェ」
変な雰囲気が跋扈する中、目的の場所に到着した。無論相合傘も終了である。近藤は耳を真っ赤にしながら、傘を畳んでぱっぱっと雨粒を落としていた。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃいま……新倉くん!!お久しぶりだねえ」
マスターの頼さんはいつもと変わらずキリッとした目で応対していたが、後ろに近藤がいることを確認してからこう耳打ちしてきた。
「何か、特別なメニューでも出そうかい?デートにぴったりの」
俺は気恥ずかしくなって、いつものでお願いしますと言っておいた。こう言えば出てくるのが、ローストビーフサンドとホットコーヒーである。もう常連だから、いつもので注文が来るのだ。
「あ、ほらそこ座って」
俺はそう言って、比較的ピアノに近い席へ近藤を誘導させたのであった。




