8月19日その②
雨の日は嫌いじゃない。雨漏りするのは嫌いだけれども、傘をさして街を歩くのは嫌な気分じゃなかった。土曜日だというのに人が少ないのは、たぶん濡れるのを嫌がる晴れの日主義者が外出を忌避しているからだろう。ショッピングモールの入口の前で、そんなしょうもないことを思いながら俺は近藤の到着を待っていた。
夏の雨といえば夕立のような激しいザザ降りが真っ先に想起できるが、この日はしとしとという音がぴったりの、落ち着いた雨だった。長く降りそうだなと直感で認識できる降り方をしていた。こんな日に、傘も持たずに外に出る人間はいないだろう。そんな馬鹿は、きっとものの数秒もかからない天気予報の確認を怠る腑抜けだけだ。
「新倉君、傘貸してくれない??」
そんな阿呆がいた。駅直結のショッピングモール玄関より外へ出れなくなっていた。名前を柱本という。もはや柱本という名前は蔑称なのだ。その扱いに、もはや違和感などないだろう。
「いやです」
「なんで!?」
「だって濡れちゃうじゃないですか」
「私だって濡れちゃうよ」
「貴方は自業自得でしょ?」
もうそろそろ近藤が来てもおかしくない時間なのに、柱本先輩はまだ屋根から外に出れなかったらしい。
「大体この時間に帰宅って、何してたんですか?」
「そりゃ大学生の楽しみ、カラオケオールよ。カラオケしてお菓子持ち寄ってお酒飲んで……」
「柱本先輩まだ未成年ですよね?」
「や……」
少しの沈黙。そして苦し紛れの回答。
「…………大学生だから、ノープロブレム」
「犯罪ですね、通報します」
「いやいや違う違う飲んでない飲んでない私が飲んだのはぶどうジュースとお米のジュースだけ」
ワインと日本酒とか、結構度数高いじゃないか。道理で少しアルコールの匂いが劈く訳だ。そう思いつつ俺は辺りをキョロキョロとしていた。
「まったくーいいの?このままで?」
柱本先輩は少しニヤニヤした顔でこちらを見てきた。その顔が鬱陶しかった。鞄についているサンリオのキャラくらい鬱陶しかった。
「何がですか?」
「だってこれからデートでしょ?」
うっっ!!!!俺は目線を逸らした。
「そりゃあさーそんなにキョロキョロして辺り伺ってたら気付くよー。私も女の子だよー?」
そして柱本先輩はニヤリと笑って交渉を始めた。
「どうする??デートの待ち合わせに知らない女の人がいるなんてぇ。相手からしたらさあ、ちょーっと面白くないよねー?何あの女!って。しかも明らかに年上のお姉さん。あーやだやだ……」
「傘お貸ししますよ」
「やったあー!!ありがとー!!」
ったく。俺は喜ぶ柱本先輩を尻目に悪態をつきたい顔をした。ほんと屑だなこの人。これなら雨の日じゃなかったらよかった。それなら傘も取られてないし、雨宿りしているこの人に会うこともなかったし。
「にーくらくん!」
やけに明るい声がしたと思ったら、柱本先輩はさっさと建物の外へ出ていた。
「今日のバイトで返すね!後、今日の詳しい話聞かせて聞かせてー!!!」
るんるんと、スキップを踏んで帰る柱本先輩に向けて、唾を飛ばしたくなった。そしてタイミングよく、先輩がその場から離れて数十秒後、近藤の姿が見えたのだった。




