近藤憐の前夜
結構緊張している。
汗がすごいのは、この夏が猛暑だからではない。
すごく緊張している。
定期的に背中を震わせるのは、野球好きなお父さんが歌う六甲おろしを聞いて驚いているからではない。
思いの外緊張している。
喉が乾くのは塩分を取り過ぎているからではない。水分をとらなさ過ぎているからではない。
まだ前日なのに、もう緊張している。
何度も手帳を見てしまうのは、明日の集合時間を覚えられないからではない。
落ち着かない落ち着かない。リビングをとぼとぼと歩いては座り、喉が渇いたと麦茶を飲めば、汗がすごいからとタオルで拭く。両親はテレビに釘付けだから、そんな私に気づくこともない。まるで壊れた機械のようにループしてはループして、既にどっと疲れが溜まってしまっていた。
さっさと寝てしまおうと思ったから、お風呂に入った。服を脱いで、鏡を通して自分の姿をまじまじと見た。
膨らんでいるとは言い難い胸
短い赤髪
筋肉質な身体
可愛げのない顔立ち
はあああと肩を落としてシャワーを浴びた。もう少し女の子らしい顔立ちになりたい。可愛い系のゆるふわ系のみんなから愛される系のそんな感じの。
いやまあそれは私がなりたいだけだ。新倉くんの好みはわからないし。
身体が震えた。
彼の顔を思い返しただけで緊張してしまうのか。
ならば実際にあって、2人で歩いたならば、どうなってしまうのだろう。
鼓動が早くなり過ぎて、その日の内に心臓が止まってしまうんじゃないか。
いつの間にこんなに好きになったんだろう。
苦しむ心臓を抑えるように、私は少しだけ後悔した。
そしてその少しだけの後悔を終わらせたら、残っているのは幸福感だけだった。
そりゃ緊張もする
震えは止まらない
心臓は鳴り止まないし
時に彼女の幻想が現れてまとわりついて来る。
でも楽しみ
とっても楽しみ
なんせデートなのだから
好きな男の子との買い物デートなのだから
これにときめかないのなら、幸せだと思わないのなら、もう女の子じゃない
昨日染め直した髪をまくり上げた。
ドライヤーのブローもいつもより丁寧にした。
今日は早く布団に入ろう
多分、いや絶対、寝れないだろうから。
小学校中学校と部活に明け暮れてきた私にとって
男の子とのデート経験は間違いなくゼロだ。
そんな初めての日に、満足に寝られるわけがない。
歯磨きを終えて、布団に入る前、もう一度手帳を見た。
楽しそうにピンク色で彩られたデートの日付。
やはり止まらない震えと汗
乾く喉
明日が楽しみで
ほんの少し不安で
幸せで戸惑ってて心配で嬉しくて……
こんがらがった私の感情を整理しようとしているのか
背中の震えは全く止まらなかった。




