8月18日その④
お盆が過ぎたからと言って客足が鈍るわけではない。夏休みが終わるまで例え平日であっても休日であっても飲食店はてんてこまいだ。だからこそバイトは呼ばれ、店長は怒鳴り、新しく入ってきた大学生は1日で居なくなってしまうのだ。
「まああの子に関しては初日から大寝坊ぶっかましたから仕方のない点もあるけどねー」
少し客足が落ち着き始めた午後8時半、黙々とほうれん草の白味噌和えを作っていた俺に、柱本先輩はそう言って口を挟んできた。
「そうなんですか」
「そうなのー店長激おこ。あの人真面目に仕事しない人大っ嫌いだからさあ。ほら、他人に厳しく自分に甘いっていうかー」
「聞こえてんぞぉ!!さっさとレジの残金数えろハシラァ!!!」
遠くで店長の罵声が飛んだ。容易に理解できるだろうにどうしてこちらにきてしまうのか。俺は首を傾げつつレシピを見ていた。
「新倉さんそっち小麦粉余ってますかー?」
と声が飛んだのは揚げ物を担当していた辻子さんだった。俺は年上にさん付けされる違和感を心に押し留めつつも、足元にある冷蔵庫を開いた。
「ないっすねー」
「あっ、じゃあ良いです!!新しいの出すんでー」
そう言って辻子さんは在庫棚へ向かっていった。辻子さんもだいぶ慣れた者だなあと、入った当初の大変さを思い出しふとしみじみと思った。確か生肉食べて当たったどこぞの誰かのせいで、即戦力として入っていっぱい失敗していたもんなあ。あんなことされたら、自分なら無理かもしれない、続けられないかもしれない。
「そういや新倉さん」
突然声をかけられ、俺はひっと背中にネズミが走ったような声を出してしまった。
「??どうしたんすか??」
「や、なんでもないよ?どうしたんですか?」
「この後9時からここも担当なんで何がどれだけ残ってるかなあって」
あー、そういうことか。俺はすぐ仕事モードに戻った。
「魚は店長に相談するけど多分焼いても焼鮭2匹くらい、炒飯が一回分鍋振れるくらい残ってますね。惣菜は高野豆腐の煮物作ったら終わりかな?酢豚とかもいけそう……あーすみません肉じゃががありますね。作っちゃってください」
辻子さんは少し早口な自分の言葉をさらさらとメモに書いていた。すごいなあ。
「ありがとうございます!丁寧でわかりやすいです!」
「いやいやそんな……」
「本当すごいですね!新倉さん。まだ高校生なのに、まるで大人みたい……いや、並の大人よりしっかりしてますよ」
お世辞だろうか、甘言だろうか。いや、本心であることは重々理解している。でもそう捉えてしまいそうになった。捉えたくなった。少しだけ、蟠りが出来ていたのだ。
もしも俺がどこかの家の養子になっていたなら、こんな無駄な苦労をしなくて良かったのに。
そんなひどいことを、少し考えてしまっていたのだ。




