8月18日その③
自宅に帰ってきて、そのまま俺はバイトへと向かうことになっていた。荷物の交換をしていた時、乃愛が目をまん丸にしながらこちらを見てきた。
「なんだ乃愛、随分と驚いた顔をしてるじゃ……」
「友一、知ってた?」
「ん?」
「恵子ちゃんの所、養子がきたんやって」
「あーさっき知った」
「え!?鷹翅の子なん??」
乃愛は更に驚いた顔をしていた。
「俺も知らなかったんだけど、さっき写真返しに行った時に聞いたら、京華ちゃんが養護施設出るから面談に行くって樫田さんが言ってて……」
「京華ちゃんって最後まで引き取り先が居らんかった子やっけ?」
「そうそう、で、そこで聞いた」
「マジかー」
乃愛はスマホをじっと見つつ、感嘆の声をあげていた。
「乃愛はどこからその情報を仕入れたんだ??」
「え?クラスLINE」
「濱野がそう言ったのか?」
「いや、元々は魅音ちゃんがばら撒いて……いや衛藤くんが最初かな?ってかクラスLINEなら友一もおるやろ?」
「いちいちスマホなんて見てねーよ」
そう言いつつ俺は手際良くバイト先のエプロンを鞄の中に打ち込んでいた。洗濯して干したのは俺、畳んで押し入れにしまっていたのが乃愛だ。
「なんか恵子ちゃんその話聞いていなかったみたいで、頭抱えてる」
「まあいきなり妹ができるようなもんだからな。動揺するのもわかる」
「ってか伝えとけよってね」
「いや本当に」
俺は呆れながら、それでも少しだけ羨ましく思った。親の大切さはいたことがないからわからないが、お金に余裕なく生活する辛さは既にひしひしと感じていた。庇護者がいないというのは、まだ大人として認められていない俺らにとって大きなディスアドバンテージだ。
「で、あたふたしてると」
「クラスみんなであたふたしとる。少し歳の離れた妹さんいる人から意見もらったりしとる」
「……薄々思ってたけど、うちのクラスお人好し多くね?」
「仲良いんだよ。良いことだと思うよ?」
乃愛は相変わらずスマホから目を離さなかった。どれだけ面白い会話が繰り広げられてるんだろう。あとで確認しようかな。
「有田くんのところ、兄弟多いんだって」
「へー」
「めっちゃ相談乗ってる」
「普段チャラいことしてるイメージなのにな」
「サッカー部のエースだしね。後よく答えてるのは……遠坂くん」
「あーあいつ親戚が年下だからな」
………沈黙が走った。全力疾走だった。
「なあ、友一」
いっぱい言いたいことがあった。いっぱい言いたいことがあるだろうなと思った。でもここは、お互い沈黙を守ることにした。触れないことにした。触れたって、虚しくなるだけだ。
「んじゃ行ってくる!いつも通り9時半に帰るわ」
そう声をかけた俺に、乃愛は少し虚な顔をしつつ、
「いってらっしゃい、カレー作って待ってるね」
と声だけは明るくして答えた。




