それを背けていた
子供の頃から、親戚付き合いは嫌いだった。それはあの家だからと言う理由が大きいだろう。帰りたいと思うことなんて一度もなかった。ずっと実家にいれたらいいのになとすら思っていた。
お盆の間は殆ど外出できなかった。色んな要人の方が部屋に来ては挨拶をして、その度に心が疲弊していった。いつも帯をきつくしめて、頭を下げ続けていたら、まるで自分の心まで卑屈になってしまいそうだった。
京都の真ん中に居を構えていたのに、御所を見ることも許されなかった。味の薄い京料理を食べて、全く味がしなかったことを覚えていた。食事中の団欒も、何を話していたのか覚えていなかった。子供にはつまらない権力闘争の含んだ冷たい会話に、本当に家族なんだろうかと詰りたくなった。まあ、本当は家族ではなかったんだけど。
それでもあの頃はそれが普通だと思っていて、他の家なんて見ていなかった。もしかしてこの世界には、こんな息の詰まる親戚付き合いばかりではないのではないかと。
でもそれは夢物語で。
もしもそうだとしても、私には届かない世界で。
わかっていたから目を背けてた。
背けることすら、悪いことだとは思わないで。
私は当主になる予定の娘だった。だからそんな理不尽にも耐えてきた。ある種の洗脳だ。自分たちは特別であると思い込ませるための刷り込み実験だ。
今から思うと馬鹿らしい些事だ。寛げぬ家族など最早家族ではない。自明なことすら不良と言われ、黒であっても白と決め付けられる。あんな家、去って良かったと思う。自ら居なくなったわけではないものの、そう思う。
「負けた気がするからさ」彼女はそう言った。
私と違って鷹翅の当主として生きていくことを決めた彼女は、覚悟を持って笑っていた。
多分彼女なら、采花なら、こんな時でも割り切って考えるのだろう。
自分のなかったものを、自分が本当に望んでいたものを、望みながら目を背けていたものを……
こうして悪気なく眼前に出されて、それでもなおのらりくらりと振る舞っていただろう。
「なあ、乃愛」
夜中にアパートへ帰ってきて、部屋の鍵を開けた私に、友一はこう感想を述べてきた。
「本当の家族ってのは、あんなに暖かいんだな。知らなかった」
そうだねって言いたかった。
そうだねって言えなかった。
私はまだ、本当の家族を知らないのだ。
あんな冷たい空間は、本物ではない。
「お世話になったね」
だから鷹翅のあの家族は、ただ血が繋がっているだけだ。
私の場合、それすら繋がっていないけれども。
それでも、少しだけ、背けた先に待っていたであろう未来を想像してしまったのだった。
だから曖昧な会釈をしてしまったことは後で謝りたい。
そう思った。




