8月17日その⑨
その日晩ご飯を頂いた所で、乃愛は遠坂と子供の面倒を一手に引き受けていた。本当は自分もいたはずだったのだが、徐々にフェードアウトしてしまった。少しだけ、何もしない幸福に満たされすぎていると思ったからだ。
テーブルに残った食器を台所まで持っていくと、仏壇で茉希さんが手を合わせていた。線香に灯火が付いていた。この臭いは、嗅いだことのない。でも何故か、懐かしいと呟いてしまった。
「あ、ごめんねえ置いてたらよかったのにー!」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。ご飯食べさせもらって……」
「いいのいいの!今更何人増えても変わらないって」
明るく笑う茉希さんを見ていたら、やはり少しのけぞってしまう。
「ん?どうしたの?何か口に合わない物でもあったの?」
「あっいえそういう訳では無いんですが……」
しまった。すぐに何処か行こうかな。そんな顔をしつつ、でもどうしても聞いてみたかったから、その場に残ることにした。
「……親戚で集まるの、面倒だなって思うことはないんですか?」
わからないからこその質問。しかし茉希さんは少し戸惑ってしまったようだ。だから少し付け足した。
「いや、ちょっと自分は経験したことがないの……」
「まあそうねー!!めんどくさいわねー!!ご飯の量とかめちゃくちゃ増えるし!!」
しかしそんな付け足しは不要で、明るい声がそれを蹴散らした。
「合理には合わないんでしょうけど、でも家族のルールってそんなものよ。それに慣れてきたら楽しいし、新しい発見もあるし」
本当に聞きたいことはそんなことではない。
「そうなんですか!」
でもそれを聞くのは、野暮で空虚で、何なら卑怯とすら思われてしまうだろう。
「そうそう。子供達ってすごいわよ!年々成長していくし、こうして色んな人に構ってもらえるし」
だから何も聞かないでおこう。この暖かさの正体を、あの寒さの本質を、見ないようにして生きていこう。
「そっそうですか……」
それでも幸せは、こちらに刃を向けてくる。
「新倉くんの所では、親戚の集まりとかある??」
俺はつい、それを得ようとしてしまった。
「いえ、親がいないので……」
言ってすぐ後悔した。だって卑怯じゃないか。幸せに暮らす家族の、何気ない会話に牙を向けて、
「やっぱり、変ですかね??」
同情を誘うなんて、あり得ない非道じゃないか。
「そう……ごめんなさいね」
茉希さんは少し声を曇らせた後、こう付け加えた。
「変な訳ないわよ。家庭に優劣なんてないもの。もしもそんなひどいことを言う人がいたら、その人こそ変だと思えばいいと思うわよ」
本当に申し訳ないことをした。その気持ちが強かったからこそ、俺は彼女の言葉を絶対に忘れないように胸に刻んだのだった。




