8月17日その⑦
正直言って、俺はその可能性を一ミリたりとも考えていなかった。だって結構な確率じゃないか。たまたま帰省していた同級生とばったり出会う可能性なんて。
誤魔化すことは無理だと思ったからこそ、俺はどんな言い訳をしたらこのピンチを切り抜けられるか刹那の思考をフル回転させた。実は実家がこの辺とか、偶々出会ってしまったとか、そんなことを考えては解が出なくて焦ってしまった。場合によっては自転車を置いて帰ることも検討しなければならない。もともと拾い物だ。防犯登録のかけらもないボロ自転車だが、この1年半俺の生活を支えてきた愛車だ。そう見捨てるのも辛いものがある。何より後輪のカバーには藤が丘高校というラベルがしっかり貼られていた。だとしたら、やはり自然に切り抜けるのは難しく思えた。
「や、やあ遠坂。奇遇だな」
乃愛は震えた声で応対した。何をどう見ても取り繕えていなかった。彼女は嘘が苦手なのかもしれない。ただその動揺は同情を禁じ得ない。
「会長こそ、こんな所で何をしていたのですか?新倉と2人で……」
まあそういう質問になるよな。俺はまだ考えがまとまっていなかったが、ここで口を開かなければ新たな疑念を呼んでしまう。そう思って声を出そうとした瞬間だった。大きく張った明瞭な声が、俺の言い訳をかき消したのだ。
「あらー?どうしたの苑辞??お友達??」
遠坂の奥から恰幅の良い女性が登ってきた。それに俺は少しのけぞってしまった。初対面の知らない人とすぐ打ち解けられるほどのコミニケーション力など、俺にはない。
「はいそうです。遠坂くんのクラスメイトの古村乃愛です」
しかしここで取り繕えるのが古村乃愛である。その反射神経に感服しつつ、俺はそれに便乗する様に、
「同じく、新倉友一です」
と挨拶した。俺達2人の名前を聞くが否や、さっとこちらに近づいてきた。
「あっらあ!!!!話はよく聞いています!!!生徒会の会長さんと、遠足で同じ班だった新倉くんですよね??日頃からお世話になっております!!!」
さらに声のトーンを上げつつ、割腹の良い女性はペコリと頭を下げた。
「遠坂苑辞の母の茉希と申します!!!今後ともよろしくお願いします!!!」
茉希と名乗った遠坂のお母さんは、白色のレースをひらひらと着こなしていた。恰幅の良さを感じさせなかった。
「苑辞!お友達呼んでたなら言ってよもう!!」
「いや偶々あっただけだよ」
そう言いつつ遠坂はなんとなく俺を睨んできた気がした。釈明しろということだな。
「ほら、総合の時間で、日本の都市について調べろ的な宿題出てただろ?うちの班はそれ神戸だったから写真撮って回ってたんだよ」
それに無言で応えた。まあ嘘ではないし。
「どうやってここまできたの???もしかして実家がこの辺とか……???」
しかしそれに反応したのはむしろ遠坂の母の茉希さん方だった。そして渡りに船が如く、乃愛が応対した。
「両親がこの辺り出身だったもので……」
これも嘘ではないが、ある意味嘘だ。しかも結構辛い嘘だ。だからか乃愛は、少し悲しげな顔でそう言っていた。
「あらそうなの!!!大変だったでしょこの暑さで!!!」
そして茉希さんは、とんでもなく申し訳のない提案をしてきた。
「良かったらうちに上がってきなさい!!」




