昔々の先祖話が悪魔になって囁いて
比較的引越しの多かった我が家で、1つだけ続けていることがある。それが、お盆の里帰りだ。
遠坂家では稲荷神社に目がない。まるでそれは盲信的なブームかのように思われるかもしれないが、そういう訳ではない。そもそもの出自が稲荷神社の神主で、その跡を継がなかった僕の爺ちゃんが普通のサラリーマンになったというルーツがあるためだ。だから未だに我が家では、稲荷神社に足を運んでいる。
もう既に、爺ちゃんも婆ちゃんも他界している。しかも、僕はその顔を見ることのないまま、この世から去ってしまっている。だから2人の情報は、いつも父親経由の伝聞でしか知らないのだ。
先程爺ちゃんはサラリーマンになったと言った。しかしその動機は、その会社の社長令嬢に一目惚れてしまったことだという。才色兼備、容姿端麗なその人と比べ、爺ちゃんは見た目も経歴も普通だった。しかも彼女の家は、かつて大物政治家も輩出した名門一家だったのだ。無謀というやつだ。
当時は昭和である。まだ結婚が家と家の合意ありきだった時代である。
それでも爺ちゃんは、神主の息子という立場を捨ててでもアタックをした。一度でいいから食事に来ないかと何度も誘い、社内で何度睨まれ何度脅されてもそれをやめなかった。そしてその猛烈な愛に押されるように、2人は結婚したのだ。
無論家からは破門、だから祖母の家とは絶縁状態。そしてまだ転職が一般的ではない時代に爺ちゃんは転職して、小さな企業でせっせと働き、父を養ったのだという。
すごいことだ。すごいことだが、昔聞いていた時の感情と、今とでも大きく違う。
どうしても僕は、会長の顔がちらついてしまうのだ。
古村会長。見目麗しく、成績優秀。家柄はあの鷹翅の一門である古村家であり、まるでうちの祖母のようだ。そしてそれに比べて、僕はあまりにも普通すぎる。隣に立つなどおこがましい程、僕は何をとっても中途半端だ。
隣に立つ?馬鹿馬鹿しい!!これは憧れだ!正しく憧れだ!身の程を知れと言いたくなった。自分の感情なのに、自ら罵りたくなった。
憧れだ!!好きではない!!あの人になんて、この想いが届くはずがない!!
そう念じれば念じるほどに、なんでこんなに辛くなってしまうのだろう。
そしてチラつくのだ。身分差を超えた自分の先祖話が脳の1番弱いところをツンツンと突くのだ。
だから本当は、神社になんて行きたくなかった。しかしそうはいかない。いくら今の境遇に重なって悪魔の囁きをしてくるとしても、先祖を供養するのは生きるものの義務だ。
そう思って階段を登ってきた。だからこそ、登りきった光景を見た時に、その先へいるであろう稲荷に言いたくなった。
そこに令嬢がいるのなら、せめて知らせてくれよ。そんな我儘に応えてくれるほど、神は暇ではないのだけれども。




