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8月15日その①

 今日はお彼岸である。


 死ぬほど暑い夏の昼だが、全国的にはお墓まいりに行き、離れ離れになった家族との再会、交流に花を咲かせていることだろう。


 そんなこと、俺にとっては経験したことのない事象であったが、日頃仕事や家事、勉学に励み摩耗しきった体を癒すには、そういった心安らぐ空間に入ることは貴く大切なことなのだろうと思った。


「今日はお彼岸やねんてな」


 スマホを覗きながら乃愛(のあ)はぽつりと呟いた。


「そかー」

「お彼岸ってさ、8月のこの辺やんな?」

「まあそうだな。大体13日から15日くらいだよな」

「いつからこの文化ってあったんかな?ほら、太平洋戦争の終戦記念日もこの辺やんか」

「そうだな」

「今じゃお盆とか彼岸って、戦争と絡められとうやん?」

「歴史的に大きな出来事だからなあ」

「じゃあそれまでは、どんな感じやったんかな?」


 乃愛は卓袱台に肘をついて、ペンをクルックルと回していた。貰った当初多すぎると思った夏の課題は、もうほとんど終わりかけていた。たまにスマホ内蔵の辞書を見つつ、2人は英語の宿題を終わらせようとしていた。


「いやまあ、今と基本一緒じゃね?茄子と胡瓜に棒さして、灯篭流したりするんだろ」

「それ、今やっとんのかなあ」

「乃愛の……家ではやってなかったのか?」


 古村のと言おうとして、俺はすっと誤魔化してしまった。乃愛は特に表情を変えずに答えた。


「やっとらんかったなあ。なんか爺ちゃんとかと会う日って感じで」


 そう答えつつも、乃愛は少しだけ顔が曇っていた。まああの家のことだ。色々しがらみがあったのだろうと俺は容易に想像した。


「そもそもさ、友一の孤児院にはそんなのあったの?」

「家族がいる人はあったな。前ちろっと言ったかもだけど、一時預かりのように利用する人もいるから」

「そっか……」

「俺とか真琴みたいなガチの孤児は、いつも通り家で過ごして、テレビで戦争特集とか大文字とか見てたな」


 別にそれが、悲しいことだとは思わなかった。普通だと思った。家族や親戚に会おうにも、それが誰だかわからないのだから。これを世間の人は悲劇と呼ぶかもしれないが、俺自身何一つ悲劇でなかった。経験は常識を歪めるのだ。


「私はあの頃、テレビつまんなーいって思っとったなあ。いつもやってる番組じゃなくて特集になっちゃうから」

「お正月とか1番ひどいからな。駅伝とお笑い芸人しか出てない」

「ほんまそれ!気持ちわかるけどサボりすぎちゃう……?」


 乃愛が指をピシッと伸ばした時、紙がひらっと舞い落ちた。卓袱台から落ちたそれを拾い上げると、2人は顔を見合わせた。


「……これ忘れとったな」

「うん、忘れてた」


 そこにはこう書いてあったのだった。


 〈神戸の魅力について〉

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