8月8日その③
ドアを開けたのは近藤だった。
「新倉君、お疲れ様!采花ちゃんありがとうね」
「別にー?ちょっと知り合いに車出してもらっただけだしー!ほーらにーくら入れ!」
古森は背中をポンと押した。
「さっさと入りなよ、今日だけは、あんたがここの王女様よ」
なんて小声で言っていたが、それを言うなら国王様じゃないかと突っ込みたくなった。男として見られていない表れだろうか。まあ別に、どうでも良いが。
「夜遅くにごめんね。おとっ、ご両親の方とか大丈夫??」
近藤は少し緊張していたのか、変な噛み方をしてしまっていた。よく見ると、手の甲に白い粉が点在していた。何か作っていたのだろうか。
「まあ別に?」
「家には、帰ったの?」
「帰ってない。バイト先で拉致られた。っていうか、なんで……」
近藤がドアを開けると、クラッカーが鳴り響いた。それはあまりにも大きくて、パアアアアンンンンと音がしていて、鼓膜以上に脳の中枢を揺らした。
「「「「「「「「お誕生日、おめでとー」」」」」」」
リビングらしいその部屋は、まるで歓迎会のようにデコレーションされていた。輪っかのたくさんついた飾り、机の上に置かれたどでかいケーキ、誰が作ったのかわからない料理の数々。奥に見えているプレゼントの包装。そして、そんな部屋を狭く印象付ける、20人近い人達。その全員がうちのクラスメイトだ。
「え?え?近藤、確か呼ぶのは遠坂と古村さんと新河君くらいって……」
「なーに言ってんすかゆーちゃん!」
沢木が背中をバンと叩いた。
「水臭いっすよー!夏休み誕生日だからってわざわざ言わないなんて」
「やーでも気持ちわかる。俺も夏休み中だから誰も祝ってくんない。しかもお盆。マジない」
渡辺に肩を組まれた。あまり話したことのない奴らなのに馴れ馴れしい。
「クラスで来れる人探したら、結構居てね……」
「今日はこのままここで夜までパーティだ!!」
近藤の説明を遮るように、遠坂は叫んだ。それに来ていたみんなが同調した。
「まずあれしよーぜ!!ハッピーバースデーの歌歌おうぜ!」
今野がケーキを指差す。
「その前にこっち手伝って!まだご飯運びきれてないんだから!!」
尾道が叫びながらキッチンで盛り付けをしている。周りには現田と矢野が手伝っていた。
「憐ちゃんピアノないの?このピアニストに弾かせようぜ!」
篠塚は相変わらず悪ノリしている。
「おい主役が俺らもてなしてどうすんだよ」
新河が適切に突っ込んでいた。そこまでいうなら吹部のお前なんかやれとも思うが。いや別にやらなくていいが。
「ろうそくないー!どこー!」
竹川の声が響く。
「のどかちゃん、なんで調味料置き場探してんの?多分あそこだよ」
「いや魅音……それインスタント食品置き場だから。ここだって」
2人のボケを、後ろから古森が突っ込んでいた。わちゃわちゃしている、確かに誕生日は、わちゃわちゃしている。
「すまんな、纏まりのないクラスで」
遠坂はまるで先生のような感想を述べた後で、こちらに振り向いて、少し笑みを浮かべた。
「ハッピーバースデー」
この男は、俺の今の感情をどこまで把握しているのだろう。そんなひどいことを思いつく自分は、多分性格が悪いのだ。俺は感情を押し殺して、ありがとうと口にした。何も救われていないのに、胸が軽くなった気がした。




