4月10日その④
「ただいまー」
そう言ってドアを開けた乃愛を、俺は作り終わった焼き鮭を皿に盛りつけつつ振り返って見た。
「あれ??今日の晩御飯豪華になっとう!」
「JCカフェの前通ったら食材くれた」
「あそこの店長いっつも優しい」
「まあこれからお世話になるからな。俺からしても、向こうからしても」
余っていたほうれん草を茹でて隣に添えた。醤油は切らしていなかって良かった。
「練習、大丈夫?」
「一応今日、少しだけ弾いてきた」
乃愛は真っ直ぐ炊飯器の方へ向かっていった。
「あーご飯ならやるのに」
「ええよ。料理作ってくれとうから、ご飯ぐらいよそうって」
そう言ってしゃもじを持って茶碗にご飯を盛り始めた。
「はいこれ友一の分」
「サンキュー」
2人手を合わせて言う。
「「いただきます」」
ジューって音が食欲をそそってきた。一口分食べると、口の中に塩っ辛い風味と柔らかい感触が充満し始めた。
「うまーい!!」
乃愛は頬が落ちんとするほどニマニマな顔をしていた。ご飯が異常に進んでいた。
「お腹減ったか?」
「いやもうペコペコ!!水泳部でひっさびさに泳がされたわ!!と言うか今年から水泳部の顧問が変わっとって、今日はその人の日でめちゃくちゃ指導してもらった」
「水泳経験者なの?その人」
「いやいや、体育の先生なだけやで。まあ精神論説かれんかったからまだマシやけど」
パクパクと食べていく。
「そういえばさ、遠坂君とはあの後どんな話したん??」
「飯飲み込んでから話せよ」
ごくんという音が聞こえてくるほどに大げさに飲み込んで、それから乃愛はまた話し始めた。もう既にご飯はそこをつきていた。
「遠坂君、いい子やなかった?」
ニヤニヤした顔は、箸でつつきたくなるほどイラついた。
「まあ、いいやつだったよ」
掃除終わったら先生すぐ呼びに行ったし、担当の先生がいなかったら先に帰っていいよって言ってくれたし、普通にいいやつだ。
「やろやろー??あのこ全然クラスで話さんけど、ほんまはめっちゃおもろい子やってんで」
「聞いてる聞いてる」
「いやでもリアルに会うたのは初やろ?」
「話したのは初だな」
でも多分、彼女が望むような会話はできていない。まあそんなもの、こちらからする気もないが。
「まあでも、これからはああいうわかりやすい行動は慎むんだな」
「へ?な、何がかなあ……」
ほうれん草もしんなりしていておいしい。もぐもぐしつつ訝しげな目で乃愛を見ていた。無論これが、ここ数日の彼女の苦闘の始まりに過ぎないことは、なんとなく俺も覚悟していたことだった。




