8月2日その③
出よらんでもいい、それが、電話に出ないでもいいということなのか、それとも部屋から出なくてもいいということなのか……日本語というのはかくも曖昧な言語である。まあいいや、とにかく俺は部屋を出て、電話に出た。
「もしもし」
「あ、ごめん!新倉くん?」
近藤はやたらと息を切らした状態で話しかけてきた。
「どうしたの?息すごいきれてる……」
「や、やー今野球部の練習中で、休憩時間使ってかけてるんだ」
「マジか。そろそろ雨降るぞ」
「天気やばいけど、実際に降り出すまでやり続けるんだって……ってそんなことじゃなくて!」
よく聞くと背後から騒ぐ男子の声が聞こえてきた。なんか沢木に似た声も聞こえた。
「新倉君、来週の火曜日に誕生日なんだって?」
やはり電話の内容はそれか。予想はしていたが、思わずため息をつきそうになった。
「そうだけど?」
「そうなんだ。ごめんね!全然知らなくて、聞くことすらしてなかったよ」
近藤はとても申し訳なさそうな声をしていた。俺はなんでそんなことで謝罪電話を入れてくるのか不明だったが、ここで空気を読まずに文句を言うほど俺は悪いやつじゃない。
「いいっていいって。むしろ気を使わせちゃってごめん……」
「因みにさ、誕生日の日は何か用事あるの?」
「あーごめんバイト入ってる。というか明日から誕生日まで全部バイト」
先に伝えておこうと思った。その方が親切だと思ったからだ。後々になって小出ししていくより、よっぽどいいと思ったのだ。
「そ、そっか……じゃあ、9日は空いてるの?」
え?少し戸惑う俺に、答えを急かすかのごとく近藤は畳み掛けた。
「ほら、ちょっと日付は遅れちゃうけどさ、でもまあいいかなって」
「あ、えーっと……」
「他の子達呼べないか確認してみるね!っていうか、そもそも私が行けるかわかんないのか……」
はあああというため息の背後では、休憩終了を知らせる声が反響していた。
「やばっ!もう休憩終わり!?んじゃ続きはLINEでー!」
そうして途中で、電話が切られてしまった。俺はそれを見て、頭を掻きつつため息をこぼした。
部屋に戻ってきたら、乃愛がもう焼きそばを卓袱台に持ってきていた。
「できとったから持ってきたー!」
「おーありがと」
「んで、ちかちゃんはなんて?」
「9日なんかするかもって」
「あんたの誕生日?」
「そうみたい」
俺は手を合わせて、いただきますと声に出した。乃愛もつられていただきますと言った。昼飯に手をつける前に、俺は乃愛に素朴な疑問をぶつけた。
「もしかしてさ、乃愛」
「どうしたん?友一」
「誕生日パーティーって、普通はやってもらっているのか?」
「男の子は知らんけど、女子はそうやっとるで。男の子もようわからんプレゼント渡したり飯奢ったりしとるとは聞いた。遠坂君とかから」
「そっか……誕生日って、めでたい日なんだな」
「なんやその、意味深やけど実は特になんの意味もないB級小説的台詞回し!やめやめ!素直に祝われるんやで」
乃愛はそう言いつつズズーっと麺を啜り始めた。素直に祝われる、か。未知の体験に戸惑う自分に、ちょっと戸惑っていた。




