少女にとって尊いものなのだ
古森采花は笑っていた。到底笑えるような中身ではないのだけれど、諦めでも皮肉でもない笑いをしていた。乾いているのに心地よい笑い。不思議な感覚だった。
「正直言って、もうあの家はダメだと思う」
「ほんとそれ。一回週刊誌にすっぱ抜かれろって思うし」
「次男のこと?」
「やーもっと根本的に、あの家全体のこと。マジ昭和の遺物。ガチ頭固い」
「でもそれでも、古森さんが被る由縁にはならないんじゃないかな?」
私はふと、思ったことをそのまま口にした。
「まあ、ね。でもそれでも、私はちょっとくらい思ってるんだ」
「?」
「あの家を変えたいって。まあ、分家の分家の弱小権力者である私が言ったところで、無理かもだけど」
この子は一体、何を伝えに来たのだろう。話がいろんなところへ飛散するのは、采花の特徴ではあるが。でも、流石にちょっと意図が読めなかった。このままだと、鷹翅の愚痴でも言いに来たのかと錯覚するほどだ。まあそれはそれで、私は構わないのだけれど。
「だから今は、目一杯自由にしてもらってる!ごめんね。にーくら呼んじゃって」
突然彼の名前が出てきたので、私は少し動揺してしまった。それが顕著に出たのか、砂の地面にスマホを落としてしまった。
「彼のピアノ、聴きたくなったんだ。本当は音楽室で少し聞かせてくれるだけでよかったのに、頑なに断られちゃってさ」
「中々に大掛かりなことしてたね」
「あっこまでしないとやってくんなさそうだし。まあお陰で……私の悔いが1つ解消された」
ふううという息が見えた気がした。
「後でありがとうって伝えといて!」
ビクッとなった。もしかして、私たちのことバレて……
「ほら、今度旅行に行くんでしょ?一泊2日の香住旅行。その時にでも言っててよ」
あ、そういうことか。少し先の話で、全然念頭になかった。そうだ。もう私は心に決めた。名前のある関係を手にするために、この夏の旅行は頑張ろうと思っていたというのに。
「うん、わかった」
「にしても、なんか変な縁だよね?あんなにもバラバラだった私とあんたとにーくらが、今は同じクラスにいて、まるで今年から知ったような顔で話してるんだって、考えただけでおかしいのに、現実なんだから」
「それも、そうだね」
「あんたも性格、めっちゃ丸くなってるし。どしたの?男でもできた?」
フランクな口調から放たれるジャブが重い。私はよろめきつつ、顔を背けた。
「へえええええ」
「何その反応!」
「ははは、まあ、ありがとね。愚痴聞いてくれて」
そして彼女は歩き始めた。
「これからも応援してるよ。次会った時はいつもの采花でね」
そんな言葉を投げかけられつつ、采花の歩く姿をじっと後ろから見ていたのだった。




