4月10日その③
遠坂の生態について、知っていることは山ほどある。実は妹さんがいて、魔術関連の本を読み漁っていることとか、いつも予鈴の30分前には来ていて、新書を片手にブラックの缶コーヒーを飲んでいることとか、ロールスロイスだがなんだかわからないブランド物の眼鏡をしているのに、服はUNIQLOの白シャツとチノパンで揃えていることとか…全て乃愛からの情報だ。
『書記の遠坂君、めっちゃくちゃ面白くてね!色んなこと話してくれとるんよ♪この前も生徒会室に入るや否や昨日見た夢の話をしてくれてん!ジブリ映画を前日に見てたせいかもしれないけど、飛行船に乗ろうとして失敗して、置いてかれて必死に追いかけてたら下が海になっとったらしくて、それで…』
この辺にしておこう。奴の話は長くなるからな。こんな風に能天気なことを言いつつ晩御飯を食べる彼女を思い出すと、目の前の寡黙で真面目な彼の表情とのギャップで頭が狂いそうになった。
黙々と箒で掃いて、示し合わせたように塵取りを持って砂を集める。まあそれだけの作業だから、何かを話し合う必要なんてない。コミュニケーションの必要性を感じないのだから、こうなるのも自明なことだ。
「きみはさ」
と思っていたら話しかけられた。ちょうど指定のゴミ箱に砂を入れたところだった。
「会長と知り合いなの?」
口しか動かさずに尋ねて来た。仏頂面という奴だ。人によってはクールと呼ぶのだろう。
「まあ、同じクラスだしな」
「去年は違うクラスだろ?」
少し食い気味に尋ねてきた。
「そうだけど…その割には仲良しそうだったって?」
俺は箒に持ち替えながらそう言った。遠坂は言葉に詰まった。図星の証拠だ。先に手を打って置いてよかったと少しだけほくそ笑んで、顔を下に向けつつ箒をはいていた。
「たまたま、教科書販売の日に自転車を直してな」
「自転車?」
「そう、古村さん壊しちゃったみたいで、修理してあげて、そこでほんの少し話した程度」
「そういや、先週そんなこと言ってたな」
そして止まる会話。はかれる箒。ザッザッという音だけが流れていく。
「そっかあ…」
遠坂は呟くようにそう言った。独り言だろうが、それが聞こえないほどうるさくはない。まあイメージ通りではあったものの、遠坂という男はこういう奴だ。寡黙で真面目で、面白みの一つもない男だ。これは個人判断ではなく、聞こえてくる評判の結晶体だ。やはり乃愛の言うことは信用できないな。そんなひどいことを思いつつ、卒なく掃除を終わらせたのだった。




