7月31日その①
前回の締めから、あー今回の祭り編は無くなったんだなあと錯覚した方もいるかもしれない。祭りには行かず、今まで通りのつまらない、それで持って平常通りの夏を過ごしているのだなあと、そう理解した方がいても不思議ではないだろう。しかしこの日、つまり7月31日の午前10時、俺は茨田市に来ていた。市役所の前にある砂埃舞う運動公園には、特設のステージが建設されていた。え?バイトはどうしたって?そんなもの決まっているだろう。
「それではお嬢様、行ってまいります」
「良い?相手はまだまだ全国的には無名なチェーン店よ?この外食不況の昨今、収支ぎりぎりで推移しているブランドに、あなたの接客で傷がついてしまったら、数百人の人間を路頭に迷わすことになるのよ。これは大げさではないわ」
「理解しております。接客、調理、お店のシステムの売りと弱点、良く来る注文の多いお客様の情報までインプット済です」
「あの、別にそんな気合いれる必要ないんですけど…」
俺は呆れながらそう突っ込んでいた。たかが一定食屋だというのに、俺の代わりにバイトへ向かわされるのはレンタル黒服の中で一番若くイケメンな男だった。選りすぐりを用意したとだけあって、ジャニーズ顔のイケメンが深緑の小汚いエプロンを着ている姿は滑稽以外何物でもなかった。
「つうか完全に遊んでるよな?うちの店長笑ってたぞ?バイト休む代わりにSP派遣されるとはって」
「SPじゃないわよ。こいつら警護になんか全然使えないし。つうか下っ端の落ちこぼれよ?本気でやばいやつらは本家の人間が個人的に所有しているし、それを使うってホントにやばい時しか使えないの。こんなしょうもないことでは無理よ」
自らしょうもないことだということは自覚しているようだ。
「なあ、でも結局、合わせる時間なかったんだけど」
「朝のうちにやっておけば?あれでしょ?うまい人って直前にちょろって合わせるだけでオッケーなんでしょ?」
んなわけないだろと眉をひん曲げていたのだが、古森は見て見ぬふりをしていた。死にそうなくらい暑いその日には、良く似合うシーブリーズの匂いを漂わせていて、つい汗臭くないか自分のポロシャツに鼻を押し当ててしまいそうになった。
「ま、そういうわけで、バイト関連はこちらで何とかしておくから、君は演奏と向き合って」
「えらいおせっかいだな。古森ってそんな奴だったか?」
冗談のつもりだったのに、彼女は少しだけ黙ってしまった。しかしすぐに、
「やだなあ。観察眼ないって自分から言ってるようなものだよにーくら」
と無理した笑顔をこぼしていた。




