7月25日その⑤
人をくすぐらせる以上に凶悪な脅迫など存在し得ないだろう。俺はそう思いつつ痙攣した身体をなんとかして鎮めようとしていた。最終的にはよくわからない機械仕掛けまで使ってきて、俺の体を弄び始めたのだ。きちっとした黒色のスーツを着ておきながら、やることが子供もお遊びに近しいことなんて……この人達は平気なのだろうか。
「快諾心から感謝します」
「どこが快諾だよこれ!完全に拷問の末渋々合意した……」
「何?またこのトゲトゲボール食らいたいの?」
「いえ何も反論ございませんので縄を取ってください」
俺がこしょばされている間に古森は着替えていたようで、白いポロシャツに紺色のスカートという一般的女子高生の服装に戻っていた。
「と、言うわけでバンドメンバーの仲間入りってことで……顔合わせの日とかはそっちで話し合ってね!私はここからお役御免だから」
「ここまで脅しておいてか?それなら……」
「逃げたら地の果てまで追いかけっけどね?」
ガチな顔をしていたので、ずっと押し黙ってしまった。
「え?まさか本気で考えてた?」
「不義理な男なもんで」
「どこが?むしろ義理でしか動けない男でしょうが。言っとくけど、結構君のこと知ってっからね?これでも私……あの一族の人間だし」
そう言って笑った彼女の顔は、本当に切なそうだった。前髪にしてあった3つの黄色い髪留めが、涙のように光っていた。だからこそ、思わずこう尋ねざるを得なかった。
「なあ、どうしてここまでして、俺にピアノを弾かせたがってるんだ?」
彼女はその答えを予め用意していたかのように、間を空けず答えた。
「そりゃ勿論、私が君のピアノを聞きたいと思ったから、だって」
「それだけか?」
「それだけって、そんなもんでしょ?聞きたいから聞けるように動く。例え誰かを脅してでも、権力を使って実現させる。ほら、まるで王女様みたいじゃん?」
「王女様はボンテージ姿になんかならないけどな」
「それもただ、なりたいと思ったから。望んだものを手に入れるために動いただけだって。だって今なら……」
古森は近づいてきて、縄の結び目に手をかけた。どうやら解放してくれるらしい。しかしそれだけではなく、彼女は耳元にこう言い残した。
「今なら、自由でいられるんだから」
そうして全ての縄を解いて、黒服を呼んだ。どうやら家の近くまで黒塗りの車で送ってくれるそうだ。そこからの彼女は、いつも通りの古森采花で、俺に手を振る時もまるでクラスの時の彼女だった。去年から同じクラスだというのに、全然彼女がつかめない。まあつかみたいと思うほど、興味もないのだけれども。
それよりもバンドだ。どうしようかな……
そのときふと、明日から1日までずっとバイトだったことを思い出した。あれ?これいつ顔合わせすれば良いんだ?というか当日、仕事休めんのか?一筋の汗が、すううっと背筋を通ったのだった。




