7月25日その④
「んで?あんたはそこまでして俺にピアノを弾いて欲しいのか?」
俺は観念したようにそう呟いたら、そんな気苦労なんて知らないかのように古森は目を丸くした。
「あ、それは気づいてたんだー」
「気づかないわけないだろ。俺をどんだけ馬鹿だと思っているんだ?」
学力的には俺の方が上である。俺が上なのではなく、古森が下と表現する方が正しい。
「全く……大体準備期間6日でキーボードとかできるわけないだろ?仮にも俺、ピアノの類しか……」
「反対意見なんて聞いてないし。ほら、説得だけで解決するんならあんた拉致ってないっつーの」
そして彼女は、電気をつけた。古森采花の顔がくっきりと見えた。思いの外胸があるようで、薄っすらとしか見えていなかったボンテージ姿が露わになって、少しだけ照れてしまいそうになった。そんな俺に向かって、彼女は持っていたステッキを俺の顎に押し当て、クイっと上げた。
「これは命令。古森采花からの命令ってやつ。私のためにピアノを弾いて」
「はあ!?それが……」
「ほら、君は誰かの為にしか弾けないピアニストなんでしょ」
初耳だ。そんなこと、言ったことも言われたこともない。なのに何故だろう。こんなにも腑に落ちてしまうのは何故だろう。まるで事実を言われて癪に触ったかのような感覚。それに陥っただけで俺はもう、自分を恥じていた。
「それとも誰かじゃなくて、あの人のため、かな?」
彼女の幼げな顔が、あの人を連想させてしまって……似ても似つかぬのに似ているのは、反則だと嘆きたくなった。これが血筋というやつなのかもしれない。
「まあいいや。私だけじゃあ無理だと思ってたし、私にそんな力なんてない」
彼女はピンと指を鳴らした。すると部屋に、十数人もの黒服が押し寄せてきた。それぞれに、様々な武器を持っていた。孫の手、猫じゃらし、鳥の羽根……ん???これは、何をされるのだ??
「だからちょっと、武力行使させてもらうわよ」
「ち、ちょっと待たないか古森、これはもしかして……」
「もしかしなくても、あんただって理解できるでしょ?今からこの誓約書にハンコを押してもらうまで、全員であなたを苦しませ続ける。拷問ってやつよ」
「や、これ傲慢というか擽られるだけの……」
「書きたくなったらいつでも言ってね」
「話聞いてるかー???ちょっ……待って」
二人掛かりで、再度足と手を抑えられた。
「さあ、地獄の始まりよ」
それから数十分とたたないうちに、俺はライブへの参加誓約書にサインしてしまったのであった。こしょばしよくない。本当によくない。




