7月25日その①
「ゆーいち!」
「ん?」
「お祭り行きたい」
目の前の少女がいきなり聞き慣れない言葉を話し始めた。確かに広がっていたのは英単語の本だが、いつの間に英語で話しかける楽天スタイルを取り入れたのだろうと首を傾げてしまった。
「や、何あんた外国人みたいにぽかんとした顔しとるねん!!」
「ちょっと私の辞書にないですねえ」
「しばくぞ!!」
昼下がりの部屋はあまりにも暑くて、でもそれになれっこな俺は製氷した水の塊を口に入れているだけでなんとか凌いでいた。一方で乃愛は背中にいっぱい扇風機を浴びながらシャープペンシルを回していた。最近ゴミ捨て場から拾ってきたラジオは、今日が39度になることを伝えていた。
「ほら、夏といえばお祭りやん?露店、花火、そしてステージ!!金魚すくいしたりお面かぶったりりんご飴食べたりしたいと思わんか??」
「思わねーな」
「盆踊りとか地域のようわからん踊りとかやってみたいと思わんか?」
「全然。ほら俺インドアだし」
「花火見たいとか……」
「それに花火なら、ここからでも見れる」
俺はそう言いつつ、窓枠に腰掛けていた。ここから南の方へ向いていると、祭りの日にはピカッと光る何某が見える。確かに人混みに紛れて見るのも乙なのかもしれないが、ここから見るのもまた嫌いじゃないかと俺は思っていた。
「去年見とるやん」
「おーそうだな」
「今年は近うところで見たいとか、そんな風には思わん?」
「全く。それに、地元のお祭りは行き慣れたんだよ」
児童養護施設という場所は、得てしてそうした地元のお祭りに対して積極的な姿勢を見せるものだ。誰もやりたがらない祭りの踊り手なんかを、日頃死んだ魚のような目で通う小学生にやらせるのだ。美談にもなるし祭りの運営もスムーズになる、序でに施設自体の株も上がる。一石何丁かわからないメリットを享受できるが、自分のようにひねくれた人間を創出する危険も伴っているのだ。
「そういや今週末に、茨高の近くでお祭りあるらしいやん?」
彼女はどうしても祭りに行きたいらしい。先程からallowanceという単語を書いて、それから全然筆が動いていなかった。
「ふーん、そうか」
「そうかって、あんた采花ちゃんに誘われとったやんけ!一緒にバンド出る????とか」
そういやそんなこともあったなと思いつつも、俺は舌で氷をペロペロと舐めていた。若干モゴモゴとさせつつ、俺は答えた。
「結局出ないの?」
珍しく方言が抜けた。顔にしまったと書いてあった。慌てて訂正される前に、俺は食い気味に答えた。
「出ないよ」




