7月23日その④
「それじゃあお先で……」
「ねえ、古村さん?うちで働かないかい?」
着替えて帰ろうとしていたときに、先に更衣室へ入っていた乃愛は店長からの勧誘を受けている様子だった。店長は飲食店勤務とは思えないほど匂いのきつい煙草をふかしていた。格好つけているかなのかもしれないが、タバコが良い男の条件なんて数十年以上前に死んだ価値観だと進言したくなった。
「いやーどうですかねえ」
「ん?何か理由があるのかい?」
後〜かい?という口調も何となく虫が好かなかった。
「私生徒会で会長をやらせていただいてまして……」
「おー藤高の?すごいねえ。藤ヶ丘ってだけで優秀なのに、ましてや会長だなんて」
「いやいやそれほどでもないですよ!!大したことないです!!」
「生徒会かあ、それは大変そうだなあ。でもさ、今日働いてみてどうだった??」
恐らく勧誘なのだろう。俺からしたら絶対にしてほしくないことの一つだ。乃愛を働かせるわけにはいかない。彼女にそれは、あまりにも似合わないだから表立って止めに行くのも筋だろう。
しかし俺は、帰宅を選択した。
「んじゃ、お先失礼します!古村さん帰り道わかるよね?」
乃愛はウンウンと頷いていた。それに背中を向けて、俺は階段を降りた。途中で柱本先輩から謎がらみをされたがスルーした。樫田さんは、黙々と仕事に励んでいて目すら合わなかった。
何よりも知られてはいけないのは、我々が同居しているという事実だ。それをバイト先に知られてしまってはあまりに不味い。大人に知られるのはまずいのだ。まともな大人なら、児童相談所や家庭裁判所や、そう言ったところに相談させるし、何ならするだろう。そうなれば色んなことが明るみになる。家出少女を所在不明のまま1年以上放置している親とか、養護施設に籍を置きつつ何一つ恩恵を受けていない少年の実態とか。それに鷹翅が絡んだとなれば、ワイドショーの格好のネタだ。
バイトなんて、乃愛が断り続ければ良い。わざわざ俺が加勢する意味なんて一つもない。ならばさっさと帰ってしまおう。10時から出勤予定の五条さんにでも見られたら厄介だ。俺はそんなことを思いつつ、自転車を漕いでいた。
あ、そういえばそろそろやらなければな。養護施設を出てからずっと検討していた、就籍手続きについてだ。高校3年間のうちに取らなきゃなと思っていたが、ようやく取れそうな動きがあるらしい。平日しかやっていないお役所に突撃するには、夏休みはうってつけだ。
そうして俺は部屋に帰って、五目焼きそばを温め始めた。少し遅れて乃愛も帰ってきた。一緒にいただきますをした際に、彼女は急にこう言った。
「夏休みの間、バイト手伝うことなったわ」




