4月10日その②
結局その昼休みに、乃愛が俺のもとに来て話をする機会は一度として訪れなかった。となると残りの狙い目は休憩時間、そして放課後の時間である。午前中はテスト連発により話しかける暇すらなかったが、5限と6限の間はどうであろうか。結論としては、やはり近くに座っていた近藤や竹川、それに生徒会繋がりで遠坂などに絡まれ、こちらに来れる様子は無かった。ほら、そりゃそうだろう?もう少し、君は自分の立場を理解するべきだな。謎の上から目線で俺はペンを回していた。
6限後、HRが終わると、放課後が始まる。掃除当番でも回ってこない限り、俺にはさっさと帰る時間となる。さて今日も、カバンを持って帰宅……
「新倉くーん?ちょっと良いかな?」
手を合わせてお願いをして来たのは、まあ知っての通り乃愛だった。乃愛はやけに流暢な標準語を駆使して俺にお願いして来た。
「なんかさー!内山さん選挙管理委員会に出なあかんらしいから、代わりに掃除手伝ってくれん?って遠坂くんが言っててね」
あかんから、の所に隠しきれない方言が滲み出ていた。ほう、そうやって声をかけるのか。
今でも背後では生徒会関係者と水泳部関係者らしいものがこちらを覗いていた。まったく、こんな無茶をしてまで俺に話しかけないでも良いのに…しかしこいつは分かっている。俺が今日バイト休みだということを知っている。だからこその頼み事なのだ。
はああ、息を吐いて俺は了承した。
「わかった。今日の掃除って階段掃除よな?」
「うん。私もついてく!」
そう言って2人で外に出た。土足オッケーな我が高校では、階段の汚れは死活問題である。毎日大量の砂が堆積していき、地面にこびりついていく。そのため掃除範囲として登録されているのだ。そしてその今日の当番で、そこを担当しているのが我が2-8なのだ。
掃除場所の階段では、もう遠坂が箒を持って砂利を下へ下へ落としていた。
「遠坂君!ヘルプ連れて来た!」
遠坂はこちらをすごい勢いで振り返ったのちに、俺の顔を見るや否やひどく困惑した顔をしていた。まあか弱い女子からこんな中肉中背男子に変わったらビビるのは自明か。
「んじゃ、私ちょっと水泳部に呼び出されてるから!」
そして乃愛は、ここで有無を言わさず退場していった。なるほどね。俺は彼女の意図を重々に理解していた。ここで遠坂と仲良くなるのが、彼女としての理想なのだろう。無論向こうは、全く察せれないだろうけれども。
遠坂苑辞。生徒会書記。その様子を俺は、乃愛からの又聞きでのみ聞いてきた。その時は、まさかこんなふうに出会うとは思いもよらなかったのであった。
「…よろしく」
ぶっきらぼうに挨拶しつつ、俺も箒を持ったのだった。




