7月23日その③
と、言うわけで本日は午後7時から2時間、研修バッチを胸につけつつ乃愛は働いていたのである。ちなみに時給は、店長の胸ポケットから支給されるらしい。短期バイトなんて雇用形態うちには存在しないのだが、やむを得ない事情というやつで勘弁してほしい。一応、法律は違反していないはずだ。
「まさか本当に来るとは思わなかったですけどね」
なんで俺は呆れたふりをしていたが、実のところ彼女は俺のバイト先に来たい、一度でいいから見に行きたいと何度か言っていたので、あり得ない話ではなかった。昔ならあの乃愛に働かせるなんて!と思っていたのだが、今は不思議と嫌悪感がなくなっていた。まあ、日頃の自分を詮索するような質問を飛ばす輩が心配なのだが……
「乃愛ちゃーん?聞きたいことがあるんだけどー?いいかなー?」
「何ですか?」
乃愛は軽く顔を輝かせながら振り返った。俺にとっては苦痛でしかない仕事が、彼女には新鮮なイベントだったのだろう。さながら中学生の職場体験みたいだ。
「新倉くんって、クラスでどんな感じ?」
「あー、あんまり話さない?」
「まじかー、やっぱ隠キャかあ」
「ち、ちょっとー!やめてくださいよー」
俺はわざとらしく制止した。無論こんなの、打ち合わせ通りの対応だ。
「新倉くんと噂になってる子とかいない?」
なお食いついて話す柱本先輩。いい加減仕事しろと思いつつ俺は唐揚げを揚げていた。揚げ物も小学生に大量にとられたせいで、限度を超えた品薄状態だった。
「いやーわからないですね」
「因みにどうしてこのバイト先に来たの?」
「一度やってみたかったんです。うちの高校、バイト禁止なんですけど、こう言う飲食店で働いてみたいなあって」
「ほんと助かる。すまんなこんな場所に」
乃愛はお手本のように返答していた。流石は我が高校の生徒会長である。いわゆる外行きの乃愛というものを作ったのは、古村家での日々、日常なんだろうなあとしみじみ感じていた。
ドアが開いた。チャリーンと音がした。いらっしゃいませー!と言おうとしたが、そこに入ってきたのは樫田さんだった。裏口からではなく、表から入るのがこの店のルールだ。
「お疲れ様でーす」
いつも通り表情変えずに入ってくる樫田さん。
「あー樫田くん!この子、今日ヘルプに来てもらってるんだー!華の女子高生だよー?どう!?どう!?」
「そうっすか。まあ塚原さんでその辺見飽きて……」
樫田さんは乃愛と目を合わせた。その時間は、1秒くらいだったと思う。どちらも、どこか動揺した顔をしているような、そんな気がした。商品発注のため二階へ向かおうとしていた店長と、能天気な柱本先輩は見落としていたようだけれど。
俺は、決して見逃さなかった。




