7月22日その②
実は昔、少しだけ聞いたことがあった。古村乃愛は、神戸に何かしらのゆかりがある捨て子だったという。本人の口から聞いたことだ。だからこそこの文字を見た時に、ちらっと乃愛の表情を確認してしまった。しかしながら俺には、彼女の真意について気づくことはできなかった。表情で感情がわかるような、そんな鋭い人になりたいと心底思った。
「こんな小さい文字で書くなんて、ちょっと意地悪しとうよね!?!?」
こちらに近づいてきてプリントを覗いてきた彼女は、そのまま艶やかな髪の毛をこちらに押し付けてきた。
「絶対にこれ、奄美が忘れてたやつだよな。全部刷り終わった後で発覚したから下の方に小さく入れたっていう……」
「あーそれありそう!!あまちゃん色々と爪甘いんよね。この前も文化祭で使う小道具予約し忘れとって、結構大慌てになっとったし……」
総合の時間の担当は副担任の奄美先生である。担任の安藤先生は後ろでのんびり見ているだけだ。若手の育成も兼ねて授業を任せているのだろう。時折後ろで腕組んで寝ているのは内緒の話だ。
「それよりさ、神戸の魅力だってよ」
「そこそこ近場やなあ。他の班は沖縄とか北海道とかやのに……」
「京都よりはマシじゃね?」
「あそこはあそこで色々あるやん。めちゃくちゃ歴史あるし。神戸やて」
乃愛はふううと息を吐いて、携帯を開いた。
「とりあえずさ、遠坂君と新河君とちかちゃんに声かけよか」
「どっかで集まって何書くか決める感じ?」
「そんな感じ!」
「んじゃついでに宿題教えてもらおうかな」
「えー私が教えたげるでー!」
「お、マジか!?それは朗報だなあ」
そう言って宿題に向かっていこうと思ったその時だった。ふと乃愛がこんなことを呟いた。
「どうせなら、神戸行く?」
ポツリと呟いたその言葉に対して、俺は何も身動きが取れなくなった。
「や、ごめんごめん。流石に実際行くお金はないもんな」
あー行きたがってるんだな。それは重々わかった。そりゃ、彼女からしたら故郷だったかもしれない街だ。思い入れはあるのだろう。
ふと少し不安になった。自分のルーツは一体どこなのだろうと思ってしまったからだ。でもその不安はすっとしまった。自分には、考えても無駄なことだ。せめて故郷の場所くらいわかったら、楽しいのかもしれないけれど。




