その日のその後、近藤憐
1人でかける自転車のペダルは、異様に重かった。
夜をかける風は冷たくて、なぜか冷たく感じて、私はその違和感に少し舌を出したくなった。もう夏だというのに、心の底から冷えていた。もうそろそろ、夏休みが始まるというのに、旅行の計画だってあるというのに。
友人と好きな男を取り合うなんて、しかもその好きな男は、友人と同じ家で暮らしている。いわば同棲だ。それならいっそ、付き合うっていたら諦めもつくというのに、片想いの状態でいるのだという。
だめだ。私の脳内では処理できないほど混乱してしまった。複雑すぎる過去に、動揺して手が震えてしまった。このままでは自転車に乗り始めた幼児のようになってしまう。防具1つ身につけていなかった私は、一度ブレーキをかけて止まった。
時刻は9時45分を指していた。スマホで確認をした私は、後15分で門限だということに若干冷や汗をかいた。でもそんなこと、大事の前の小事だった。止まった右に広がっていた田園風景を見ながら、私は一つ大きく息を吐いた。
思えば私の生涯なんて、大したことない話の連続だったように思う。スポーツ万能少女として鳴らした小学校時代。まだ勉強とスポーツがそこそこ両立できていた中学校時代、そして今の高校時代。親がいないなんて考えたこともなかったし、今の親が実の親じゃないなんて考えられなかったし、誰からも援助を受けず1人で生活費を稼ぐなんて考え、全く持って浮かばなかった。家に帰ったらお母さんがご飯を作ってくれていて、遠征とか遊びとかでお金が欲しい時はお父さんが常識の範囲内でお金を渡してくれて、なんなら実家のワンコだっていた。それらがないだなんて、根底からひっくり返るだなんて、想像することすらできなかった。
多分今の学校では、乃愛の方は優等生で、何の悩みもなさそうな完璧人間と認識されている。
むしろ心に一物抱えていると思われているのは私の方だ。髪の毛だって赤いし。
でもそれは、嘘だ。
私と友一君だけは、それを知っている。
今はまだ、それだけでよかった。
そう、家を出るときは思ってたんだけど……
「あーー!!!!!!もう!!!!!!」
だめだ。だめだだめだだめだだめだ!!!私の心は迷っている。気持ち悪くて仕方ない。誰もいない田園へ叫び声を出すほどに、私は追い詰められていたのだ。
「あー!!!!!あー!!!!!あー!!!!」
近所迷惑なほど叫んだ。色んな感情がごちゃ混ぜに混ざり合って、落とし所を見失ってしまっていた。だから私は声を出していた。なんて言えばいいかわからなかったから、あーとしか言えなかった。
何故か涙が出てきた。何の涙かもわからなかった。私は、その感情を正確に理解するのに足らなかったのだ。未熟すぎたんだ。だからこそ、今の私には蹲って声を出すことしかできなかったのである。




