4月10日その①
「新倉君!おっはよー!」
やけに明るい声が飛んできた。午前8時半の校舎2階。振り向くとニコニコしながら手を振る乃愛の姿が目に焼き付いた。
「…おはよ」
「何ー?声小さいよー!元気出していこ!」
「ちょっと待って乃愛!」
「何ー?新倉君」
「お前って、そんなキャラだっけ?」
少し逡巡し、首をかしげる。
「まあ良いってことでさ!ほら教室に入ろう!新倉君」
やたらと新倉君という単語にハマったのか、何度も何度もそう呼んでいた。これからは俺も、乃愛のことを古村さんと呼ばなければならないのだ。
この前の一件から定められたルールがある。クラスでは、お互いを苗字プラスさん、君付けで呼び、ちょっと仲良しなクラスメイトを演じていくのだと。こうすれば乃愛としても1人でぶつくさして居る俺を見て苛つかないし、俺もぼっちを回避できるだろうと。まあ俺のメリットとしてはむしろ、乃愛が不貞腐れないとか怒らないといった側面が強いのだが。
学校での古村乃愛は神格化されている。歴代類を見ないレベルの優等生と認識されている。それに合わせるのだから、俺のロールプレイはどうなるのだろう。やはり俺がへこへこして、会長様に話しかけに参るくらいのテンションで行くべきなのだろうか。そう思っていたのに、乃愛はあっさりとこちらに話しかけてきた。なるほど、これくらい自然な間柄でいこうということか。
別に俺は、乃愛がしたいようにすればよかった。適当な話をしつつ、1番前の席に座った。乃愛は近藤や竹川と話し始めていた。というよりは、俺に話しかけていたところを横から2人に話しかけられて、俺がフェードアウトした形だ。朝の始業は8時40分だ。そろそろ席で1人いる時間であろう。
午前中は実力テストの時間だった。この学校では春休み明けと夏休み明けに実力テストたるものを行う。辛うじて進学校らしいことをしている、といったところだろうか。成績には一切含まれないので少しモチベーションは低めだが、定期テストより大学受験を意識した問題が多く、むしろやる気になる生徒もいるらしい。無論俺は、何一つやる気になっていない。
数学、英語、国語、そして選択科目の日本史を受けたところで昼休憩となった。やはりというべきか、問題が難しかった。周りでもそんな話題が上がっており、特に数学の時は終了とともに悲鳴が教室にこだましていた。
そして問題の昼休憩だ。俺はちろっと後ろを見た。
「古村さん、ご飯食べません?」
「い、いや……私は……」
「乃愛ー!ご飯食べよーよ!」
「いや……あのぅ……」
「みんな一緒に食べれば良いじゃん!」
「さんせー!宜しくね!采花ちゃん」
「こちらこそ宜しくね、憐ちゃん」
「いや、そうじゃなくて……」
弁当を広げ始める古森采花と尾道奈緒と竹川和と近藤憐。そりゃそうだと俺は心の中で納得した。あれだけ人気なんだから、わざわざ1人俺の所にこれるわけがなかろう。俺はある種納得した状態でご飯を食べていたのだった。




