その日のその後、塚原真琴
「にしてもさ、あいつも中々に面の皮が厚くなったわね」
私は独り言だと思って呟いたのに、隣にいたちかちゃんという乃愛の友人が頭を傾げながら質問して来た。
「ん??どういうこと??」
「どういうことって……そのままの意味よ。あいつの過去知ったでしょ?その上であんなことするなんて、ほんと何というか……」
「指示語ばっかだとわからないよー私馬鹿だから」
お前私より何ランク上の高校に通っていると思ってるんだ!?私は眉をひそめたが、夜なのに少し色を持つ赤髪を見てその気も失せた。
「まあでも、私としては少し嬉しかったり」
「はあ!?何が!?」
「いやだってさ。乃愛って全然自分のバックボーンについて語ってくれないんだもん」
バックボーンについてその原義から聴きたくなったが、馬鹿がバレるから黙っておくことにした。
「家族のことについてもだけど、昔の話とか全然乗ってくれないし……この前遠足で『童心に帰ろう!』って企画をした時も、1人だけ我関せずな顔してたり……でもその理由を語ってくれた。それだけで私は……ちょっと嬉しかったりするんだ」
照れる彼女の顔を見ながら、国道の交差点で風を感じていた。信号を渡りきったところで、私の家は左折が必要になった。私は、最後にこれだけは聞いておきたくて、つい立ち止まってしまった。
「どうしたの?」
「私の家、こっち」
「あーそうなんだ!私真っ直ぐだから……」
「最後に1つだけ、質問していい?」
私はピンと指を1本立てて、それをちかちゃんの前に差し出すように向けた。
「これからあんたは、どうすんの?」
「どうすんのって、また指示語……」
「親友と1人の男を取り合うの?それともじっと身を引くの?」
あえてはっきりと言語化した。私はこのセリフを吐きながら、胸の奥に痛みが走るのを感じた。やめてくれ。もう2度と、私は失恋なんてしたくないんだ。お姫様に恋した少年に、恋をした卑しい身分の女の話など、幕すら上がっていないのだ。私は唇にキュッと噛みながら、街灯の明かりに照らされた彼女の顔を凝視した。ちかちゃんは、表情を1つ変えずにこう言った。
「私もね、ちょっと考えることにした」
何を考えるの?という次の矢を放つ前に、ちかちゃんは手を振り始めた。バイバーイという言葉が、夜の国道沿いに響いた。私は、さっきよりも強く唇を噛んだのだった。




