核心⑥
この関係に、名前なんてない
隣で寝ている君の背中を見ながら、私はそう吐き捨てた
自業自得なのだろう
全ては幼き失態が招いたことなのだろう
不幸をあげるなら、どちらも親に恵まれなかったことだろう
でもそれは、言い訳にすらならない
私はかつて自ら傷つけた相手に、惚れてしまったのだ
世界でいちばんの馬鹿野郎だと、その自覚だけは持っている
もしかしたら、ここで手を出せば
仰向けにして、服をずらして
愛撫してしまえば、叶う願いなのかもしれない
でもそこまで、私は落ちてはいない
そしてそんなことをしても、彼は私の方を見ない
彼の中での私は、別次元の人間なのだ
私は堕ちた皇女
革命後のマリーアントワネット
でも彼の中では、まだ絶対王政の幻想を見ているのだ
翼をもがれても、モーツァルトを捨て切っていないのだ
そんな私が庶民じみた、いやそれ以下の娼婦じみた行為に出たとして
彼が私を見てくれるはずがない
思えば最初からそうだった
バイトをすると言って聞かなかった私を必死で止めたのは彼だった
生活が困窮することを知りながら、水泳部の大会に出るための交通費を捻出し、大会に出るよう強く勧めたのも彼だった
学校ではお互い話さないでおこうと、取り決めたのも彼だった
彼は、新倉友一は、いつだって古村乃愛に自由を与えて来た
過剰なほどに、無理をするほどに与えて来た
彼からしたら、こう考えていたのだろう
堕ちた皇女など認めないと
私は、彼の背中をさすった
隣で寝ている彼は、背中を丸めて少し震えていた
この部屋の冬は寒い
ひとつの布団とひとつの羽毛をシェアするのは、結構限界があった
こんな時、すっと抱きしめられたらどれだけ良いだろうか
私には、例え寝ぼけてもそんなことはできやしない
そんなことをしても、彼は私を拒絶するに決まっている
崇拝は、親しみから最も遠い感情だ
だから愛情にも恋慕にも繋がらない
まずは、そこからだ
私を、私として認識してもらわないと、何も始まらない
マリーでも古村家の令嬢でもない、乃愛として見てもらわないと
じゃないと……
じゃないと………
………じゃないと、この胸の苦しみは止まらない
絶対に、一生、止まらない
とまら………
ん?
寝起きの感覚だった。
いつの間に寝てしまっていたのだろう。
手が少し痺れを訴えていた。
腕をぐるぐる回しているうちに、辺りを見渡した。
同じく寝ているちかちゃんと真琴ちゃん。
食べ終わったチャーハンの皿。
そしてテーブルに置かれた時計は……夜の9時半?
9時半!?!?
「ちょっと2人とも!起きて!」
もう、いつ友一が帰って来てもおかしくない時間だった。そんな時間まで、私らはスヤスヤとしていたのだ。




