昔の話⑤-6
潮が引くように、彼らは帰っていった。後から聞いた話だが、黒服集団が使えたのは今日の限りだったらしい。しかも彼らは、全てオフの時間。だってそうじゃないと、日頃はこんな小娘(わたし)なんかよりも大事な用事に携わっているのだから。もしも本気で、鷹翅家の全身全霊で私が追い回されていたのなら、捕まるのは一瞬だっただろう。こんなこと、次男坊以外にとっては些事もいいところなのだ。
「帰った……かな?」
私はぽつりと呟いた。悪役らしい捨てセリフもなしに、遠くで車のエンジン音が響いていた。
「そうみたいだな……」
そう言いつつ、友一はへたり込んでしまった。
「友一、大丈夫!?」
「あー怖かった。くっっっそ怖かった」
友一は先程の啖呵とは打って変わって、傍目見ても情けない声を出していた。
「ほんと、背中銃撃されるかと思った。人生であんな大声出したの初めて」
「いや、でも……良かったよ。ありがとう」
私はふらふらになっている友一の手を引いて、卓袱台に座らせた。手からは汗が大量に吹き出していた。小刻みに震える脚が、時折抜けそうになっていた。私は彼のために、水をコップに汲んで差し出した。
「本当は豪勢なジュースとか出したい気分だけどね」
「や、いいよ。俺にはこれが似合う」
それを友一はさっと煽ると、ゴクリと音を立てて飲み込んだ。お互いはあとため息をついた。私としては、どんな顔をして彼の目を見ればいいかわからなかった。少し下の方を見ながら黙っていると、ぽつりと彼は呟いた。
「やっぱりさ、住んでいる世界が違うよな、俺ら」
まるでそれは、誰かに何かを確認するかのような言い方だった。私は頷きたくなかった。でも否定することはできなかった。昔の自分が、今の自分を縛り上げているのを感じた。私はさらに黙って、冷蔵庫を開けた。
「ほ、ほら。遅くなったけどご飯、食べよ?」
その時の私には、話題をそらすことで精一杯だった。見たくなかった。その時の彼が、心底私のことを、別次元の人間だと見ていたことなんて、直視できるわけがなかったのだ。




