昔の話⑤-2
「ねえ」
「ん?」
「後ろの車……」
私が指摘するよりも先に、その車は私らを追い抜き、そして車を停車させた。中からスーツ姿の男が何人か出てきたかと思ったら、その後ろには見慣れた着物男が出てきた。私は察した。これは、私を連れ戻しにきたんだなと。
「随分と荒っぽい運転手だなクズ」
そして初手から采花は相手を煽った。そして私の自転車の後輪を軽く蹴った。私は采花と反対側に小道があるのを発見した。
「口を謹んでくれよ古森の令嬢。本家からしたら古森家なんて大した一門じゃないんだからなあ。君のその言葉をお爺様に伝えたら……」
「伝えたら?伝えられんならな?私のお姉ちゃんにあんな酷いことしたってのにな。ゴミ虫。変態。ただ金を持っているだけの無能。人間以下のゲロ野郎……」
私が聞いた悪口はここまでだった。罵倒の途中で私は逃げ出した。車では絶対追ってこれない細い道を、グッと下って行った。それに悪口を重ねて行くと、どうしてもそちらの方向へ意識が集中してしまう。そのタイミングを見て、私は追っ手を巻いたのだ。
さてここからどうやって帰ろう。そもそもどこに帰ろうか?両親の家に帰るのは無理だ。児童養護施設も、多分足がついているか。だからと言ってブラブラと外にいるのも危うい。いつあいつらに見つかってしまうかわからないからだ。
やはり、あのアパートしかないのか。私は初対面ながら助けてくれた采花に感謝しつつ、なるべく細い道を通りながら家へと向かって行った。
その途中で、私は偶然にも友一に出会った。
「ん?こんな遅い時間に何してんの?」
時刻は9時前。バイト終わりには早かった。
「そういうあんたは?」
「今日は客が少ないから、早めに上がれって言われてさ」
「へーよかったやん」
「よくねえよ。もっと働きたいっての」
そんな会話をしながら、アパートに着いた。部屋に入ったら、さっきの話を相談しよう。相談したって無駄かもしれないけれど。ふーん、好きに出て行ったら?って言われそうに思っていた。
しかしその相談の時間を、彼らは許してくれなかった。家に着いた瞬間、本来1つとして埋まっていない駐車場に、キッツキツの胴長自動車が入っていた。
そこにも浅葱色の和服を着た男が、スーツの男数人に囲まれて立っていた。私はもう、友一の後ろに隠れたいとすら思った。
「どうしたんだ?もしかして、あんなので逃げ切れるとでも思ったのかい?その気になればこれくらいすぐに調べられるんだよ。ほら、古村の元令嬢」
次男坊はこう言って腕を伸ばしてきた。上向きになっている手のひらに、なんの魅力も感じなかった。




