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昔の話⑤-1

 それは唐突な出来事で、私だってこんなの予想していなかった。いや本当は、心の中で薄々思っていて、それを出さないようにしていたんだ。私が出て行った後、やたらと追手が現れなかったなと。


 後から聞いた話だが、どうやらうちの親が偽装して、なんらか理由をつけて娘を本家の愛人にすることを渋っていたらしい。私としては両親に感謝の言葉を述べたいくらいだったが、でもそれをして見つかるのを避けたくて、樫田さんを介してやり取りをしていた。


 その日の私は生徒会長になって初めての仕事で、少し遅くまで学校に残っていた。駅近の学校は、夜になってもそこまで暗くないのが利点だ。そう思いながら下校しようとした際に、後ろから声をかけられた。


「おはつー!会長だよね?かえろー」


 間の抜けたと表現するほど明るい声の主を、私は知らなかった。他のクラスの人かしら?


「あー初対面だっけ?私は采花。1-5の古森采花(ふるもりさいか)。よろー」


 あ、本当に他のクラスの人なのか。というか、よく初対面でこんな馴れ馴れしくできるなって、そこにまず驚きが来た。采花と名乗ったその子は、茶色に染めた髪をふるふるしつつ、自転車にまたがっていた。


「前から話してみたかったんだー。会長!とりあえず、帰ろーよ。あ、それともどっかよる?スタバとか?」

「や、いいよ別に。帰ろっか」


 私はそう急かして、自転車にまたがって漕ぎ始めた。学校を出てしばらく経つまでは、お互いとりとめのない話をしていた。どこの部活、とか。そんな話。


 10分ほど漕ぐと、人通りの少ない川沿いの道に出る。その瞬間に、古森采花は口を開いた。


「ねー。会長」

「ん?」

「会長はさ、いつまで家出したままなの?」


 びくっ!背中が震えた。そしてその瞬間に、その時まで漢字に変換できていなかった彼女の名字がぴったりと収まった。古森家。鷹翅の一門に属する家系だ。


「最近はその噂ばっか。飽きちゃうくらい。まあ2ヶ月もいないんなら気持ちはわかるけど」


 本当はこの時点で10ヶ月以上帰っていないのだが、そこはうまく誤魔化し続けたのだろう。


「まあ私としては逃げたいなら逃げればいいし、こんなクソみたいな一門から離脱できんなら金払うくらいだけど、生活できてんのかなー?って。そこだけ心配」

「クソみたいって……」

「実際そうでしょ?あいつら保身と見栄えしか考えてないから、頭痛くなるしマジうざい」


 ぺっと、地面に唾を吐きつけるんじゃないかという勢いで、采花は毒を吐いた。


「でも、さ。いやでもじゃなくて、当然、さ。あそこの連中はそんなこと考えてないわけ。当主が、次期当主が、その親族が……誰かがこうしたいと言ったから……そんなクソミソな理由を盾に平気でわがままを通す。そんな、この世で1番厄介な生き物だって、私は思う。だから……」


 後ろから、リムジンのような横に長い車が迫って来ているのを、ようやく確認した。


「会長は、あんな世界にいちゃダメだって、そう思っちゃった。待った甲斐があって、良かった」

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