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昔の話④-6

 しっかりと何月何日からし始めた習慣かは忘れてしまった。しかし、その直後から徐々に、だったことは覚えていた。私は、神戸の言葉を使い始めた。


「あーおかえりー。なんしとったん?」

「そりゃ勉強しやなあかんやろ。受験生しとるんやから」

「せやかてなあ。学力おんなじくらいってのも悲しい話になっとるなあ」


 イントネーションはボロボロだし、そもそもせやかてなんて神戸の人は使わない。ナチュラルな神戸弁ユーザーにしばかれてしまうのではないかと危惧するほどの出来栄えだったが、私はにわか神戸弁を使っていたのだ。


 それは一種の、理想だった。私がどこの生まれの誰だったのかなんて、ろくに知らない。でももしも、もしも本当にルーツが神戸にあるのだとしたら、もしかしたらその土地の言葉をペラペラと扱う私がいたって不思議ではないだろう。そんな世界線を想像するたびに、高揚と悲しさに包まれてしまうのだ。


 それに、これは過去との決別も兼ねていた。古村乃愛という人格のリセットを欲していたのだ。今までの言葉遣いだと、まるで仲の悪い兄妹並の会話量しか積み上がってこなかったのだ。お互いが、お互いのベクトルを向いて生活しているような、そんなすれ違った状態だったのだ。


 そして神戸弁を使い始めて一月半後、公立の試験が終わった直後に、私達は家でご飯を食べていた。相変わらず、無言だった。ここで本来なら『受かってるかな?』とか『落ちてたらどうしよう』とか会話するものだが、確実に合格するために志望校を2段階下げていた2人にとってそんな会話をする気すら起きなかったのだ。


「なあ、乃愛」


 ぽつりと、呟くように友一が口を開いた時に、私はいたく動揺してしまった。当時は、それほどに珍しかったのだ。


「もしも同じ学校に通うことになったら、一回リセットして、全く知り合ってなかった2人として生活していかないか?」

「……つまり?」

「俺たちは、お互いが初めて出会いましたって体で生活しようってこと。じゃないと……」


 次の友一の言葉が胸にささった。


「……まともな顔で、君と接することができないんだ」


 私は一瞬俯いた。謝罪の言葉を積乱させて全てぶつけたい気持ちになった。でもそれをぐっと我慢して、私は笑顔を作った。


「わかった。わかったやで、ゆーいち!!」


 謝ってしまったら、それは過去との分離にならない。切り離して、もう一度やり直したいのだ。簡単には癒えぬ傷だとしても、彼はそれをいつまでも持ち込みたくないのだ。


 だから私は笑った。私は明るく振る舞った。それは今でも変わらない。


 これはロールプレイだ。中学の終わりに初めて出会った家出少女という、私のロールプレイなのだ。

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