昔の話④-3
風呂上がり、私は青色のジャージを借りて着ていた。部屋では友一が卓袱台を運び込んでいた。私は彼の代わりにドアを支えた。
「おーありがとう」
軽く返した友一はそのまま部屋にそれを持ち込んで、中央にどんと置いた。
「とりあえず生活に必要なもんは揃ったかな?」
「というか、いつからここに住んでるの?最近じゃない?」
「3日前からだな」
「最近追い出されたの?なんかやらかした?」
「そういうわけではないけど、まあ事情があるってやつだって」
この事情を聞くのは、1年以上先の話だ。それくらい当時の私達の間には壁があったのだ。
「で?これからどうすんの?」
友一はぶっきらぼうに尋ねてきた。私は首を振っていた。何も分からなくなっていた。
「あんたはこれからどうすんの?」
「俺は……まあ1人でここで生きて行く感じかな?幸い3ヶ月分の生活費と高校の受験料、入学金までは貰えたから、残りは働きながら生活して、高校くらいは出ようかなあと」
友一もそこまで考えているわけではなかった。ただ、彼には一応家屋があって、私にはそれがない。ホームレス状態だ。それはかつて、皇女の如く振る舞い続けた彼女の没落を端的に表していた。政争に敗れ、住む家すら失ったのだ。まあ、ある意味では自ら捨てたのだけれども。
「……私も家くらい見繕わないと……」
「俺が言うのも何だけどさ。中学生1人でアパートの部屋を借りるって至難の技だと思うぞ」
「因みにここはどうやって住んだの?」
「鷹翅が用意してくれた。光熱費その他込み込みで月3万支払ってくれたらどんな人でも受け入れてくれるボロアパート。もう槻山どころか、日本全国探してもこんな場所珍しいって……どうした?」
鷹翅、と言われて私は急に立ち眩んでしまった。ストレスなのだろう。あの家の自己中心的でわがままで、意固地で暴力的で横暴な所が、私へ危害を加えてきていたのだ。その頃の私は、その名前を聞くだけでふらふらになる程弱っていた。
その場でへたり込んだ私に対して、友一は水を持ってきた。そしてそれを卓袱台に置くと、
「ここのところ外で寝てたんなら、流石に色々大変だっただろう。ほら、これ飲んで寝ろ。な?」
と言ってくれた。私は、流石に気が引けていた。なんせ私は、彼のピアノ生命を断った人間だからだ。
「いや、流石に申し訳ないし、外で寝る……」
そう言っていたのに、足が動かなかった。この寒い中防寒もろくにせず寝ていたことで、すでに身体はピークを迎えていたのだ。
「別にいいよ。俺は」
そして吐き捨てるように友一が言って、布団をひとつ取り出した。見るからに綿の入っていなさそうな掛け布団と、背中を痛めそうな敷布団だった。この日から、世にも奇妙な同居生活が始まったのだった。




