昔の話④-2
「ねえ、あんたって、孤児院にいたんじゃないの?」
「まあな」
「じゃあなんで、こんなボロアパートに住んでるの?誰かに拾われたの?」
「いや、追い出された」
「追い出された!?」
「そう。そういう古村は?」
「私は、追い出されたから逃げてきた」
「なにそれ、よくわかんねーわ」
新倉友一が変わったのは声と背丈だけではない。彼はとてもぶっきらぼうな話し方をしていた。そもそも話すこと自体苦手だった昔の友一と違って、適当な軽口くらいなら乗ってくるようになっていた。それが少しだけ新鮮だった。
「にしても悪いな、冷蔵庫運んでくれて」
階段がミシミシと鳴り響いた。今にも底が抜けそうだった。冷蔵庫の重みと相まって、木が負荷に耐えられないのではないかと危惧するほどだった。
「この冷蔵庫って使えるの?」
「わかんね。使えなかったらオブジェクトにして、冷蔵庫のない生活をしないとだなあ」
「いやいや買おうよ。というか備え付けられてないの?」
「備え付けられてたらこんな苦労してねえだろう?俺に与えられたのは六畳一間とシンクのみ。風呂も共同トイレも共用」
「マジか」
「まあ、こんな得体の知れない中学生を住まわせてくれるだけ、ありがたいっちゃありがたいけどな」
そう言いつつ2人で冷蔵庫を部屋に入れた。部屋の中は古臭い畳の匂いが充満していた。壁にすっと添わせて、コンセントを入れたら、ブーンと音が鳴り始めた。
「なんだこれ使えんじゃん。さいっこー!これでやっと自炊できる!」
そう喜ぶ彼の姿を、私はじっと見ていた。敢えてなのだろうか。わざとなのだろうか。まるで彼は、昔のことなど記憶を失ったかのように振舞っていた。それこそまるで、今日初めて出会ったかのように……
「ありがとうな。古村」
「乃愛!」
ビシッと、私は言い切って人差指を彼へと向けた。
「私、自分の苗字嫌いだから、これからは乃愛って呼びなさい!!わかった?」
「まあ別にいいけど」
案外あっさり認められてしまい、正直動揺してしまった。
「んじゃ、俺は卓袱台持ってくるから、乃愛はシャワーでも浴びてきな」
「え?」
「なあに、冷蔵庫を運んでくれたお礼だって。風呂上がったらちょっとくらいゴロゴロしてけよ。砂場の上のブルーシートに比べたら、流石にこっちの方が疲労回復効果あんだろ」
決して泊まっていけとは言わなかった。醜い下心も全く感じられなかった。というか、反論の余地を潰すように、彼はまたふらっと外へ行ってしまった。
とりあえず、シャワー浴びるか。私は、部屋内が鉄の匂いで満たされたシャワールームで、3日ぶりに身体の汚れを洗い流したのだった。




