核心①
「私はね、橋の下にいたんだって。ほら、伊勢物語にも出てくるあの川。あの川の大橋に隠されるように、私は放置されていたんだってさ」
「え?じゃあそれを乃愛のお父さんかお母さんが拾って……」
「いや、違うよ」
目を丸くするちかちゃん。少し涼しい目をした真琴。もしかして真琴は聞いたことあったのかもしれない。
「私を拾ったのは、鷹翅児童養護施設の樫田さん。そして私は養護施設にいた」
「じゃあ、2人とも被ってたの?」
「被ってないよ。たまたま来た古村家の2人が、当時1歳の私を引き取って養子にしたんだから。うちの父親は重度の不妊症でね。中々子供が産まれなかったから、当時預けられていた中の最年少を引き取ったんだってさ」
「そりゃあんたの赤ちゃん時代なんて、それはもう可愛かったでしょうからね。わからなくもないわ」
真琴は呆れているのか褒めているのか嫌味なのか嫉妬なのか、よくわからない所感を述べてくれていた。
「でも鷹翅家の中では猛反発を食らったらしくてね。そりゃそうだよ。どこの生まれかわからない女の子を養子にしただけじゃない、それは実質的に古村家の跡取りにするってことにもなる。本家の中でも意見が真っ二つに割れてね。別にいいだろって許容する派閥と、絶対にダメだと拒絶する派閥。その争いが過熱していることなんて、当時の私は全く知らなかったけど」
そうだ。自分の立場なんて、嬢王様の立場なんて、すぐにひっくり返されてしまう危うい立場だというのに、私はわがままで居続けたのだ。これはまんま、伝承でのマリーアントワネットと同じだ。革命の嵐など、国内のいざこざなど、私の目には入っていなかったのだ。
「因みに、さっきうちの両親がさ、友一に意地悪いっぱいした話したでしょ?」
「住んでる世界が違う、だっけ」
「それであんたが孤児院出身とか、皮肉にもほどがあるけどね」
相変わらず真琴は指摘がえげつない。
「まあそうだけどね……でもあれには裏があって。実は友一を古村家の当主にしようって話が急浮上しててね」
「え?それ初耳!?」
「うん。私も15の時に初めて聞いた。発端は弥生さんでね。友一のこと、色んな人の前で自慢してたのよ。ピアノのうまい男の子がいるって。で、それをたまたま聞いた現当主の父、弥生さんからしたらお爺ちゃんになるけど、その人に『あんな弟欲しいなあ』って冗談を言ったら、マジになっちゃってね」
「ねえ、こんなこと言っちゃダメだけどさあ」
ちかちゃんは遠慮しつつ右手を挙げた。
「鷹翅の人って、みんなバカなの?」
その言葉に、3人揃って大笑いしてしまった。
「あはははははは。ほんとそうだよね。でもそんな子供のわがままを叶えようとしちゃうバカな人のせいで、古村家の当主が変わろうとしてたんだよ。だから早めにピアノから遠ざけて、ね。基本的に弥生さんの言葉は決定権がないから、そんな話もいつのまにか立ち消えちゃった。因みにこれ、友一には何の連絡もなしに進んでたから」
そして私は少し天を仰いだ。
「一応、うちの両親は私に継いで欲しかったみたいだよ。だからあんな卑怯なこともした」
「そりゃ、理由なんてちゃんと説明できないよね……ってことは、もしかして……」
「そう、そうだよちかちゃん」
ちかちゃんの赤い髪の毛が少し揺れた。
「私はね、古村家を継げなかったんだ」




