さてと一服……しない
「まああの頃は精神的に不安定やったからねー。感情の振れ幅が激しかったわけよ」
「ま、まあまだ小学生の時だし……私も昔、野球の試合で打てなくて、バッターボックスでワンワン泣いたこともあるし」
「だからってピアノ撤去しといて残りを親の責任に被せるとかどうかと思うんですけどー」
私はそう言いつつ水をがぶっと煽った。口ではこう言っているものの、今の彼女の態度を見ていたら、反省の色は明確だった。にしても、私の知らない話もいくつか出てきて、正直とても面白かった。乃愛の母の話とか、当時小学生の私には知り得ない事象だったからだ。
「にしてもさ、何で乃愛の親御さん達までずっとそんな扱いだったのかな?」
ちかちゃんと呼ばれた赤髪の子は、ふとそんな疑問を投げてきた。
「ほらさ、自分のとこの養護施設からそんなすごいピアニストが出たってなったら、その養護施設の株ってめっちゃ上がるし、そしたらイメージアップになるじゃん。お金持ちのチャリティなんて社会貢献とイメージアップくらいしか狙いないわけなのに、なんで疎まれちゃったのかわかんないなあって」
ちかちゃんの言葉を、私はろくに聞かず返してしまった。
「ただ単に気に食わなかったんじゃないの?身分の低いやつのくせに〜みたいなさ」
「流石にそれは頭が悪すぎる気がするけど……」
「そう?偉そうな人間ほどそういう子供っぽい行動論理で動いちゃうものよ。どんな優秀な人の間でも、嫉妬とかいざこざはあるんだから」
私はそう言いつつちゃぶ台についた肘をそのままに乃愛を見た。乃愛はなんとも言えない顔をしていた。訂正したがっているのか否定したがっているのかさえ読み取れなかった。
「乃愛、何落ち込んだ顔をしているの?」
しかしながらちかちゃんはしっかり読み取っていたようだ。単純に関わった年数なら私の圧勝なのに、これが数年のブランクというやつか。
「いや全然、落ち込んではないよ。ただ、その疑問は割と複雑な事情があってね……」
そして乃愛はちらっと時計を見た。友一が帰ってくるまで、後2時間
「まあ、いいか一休憩取らなくて」
そしてふと、思い出したように彼女は尋ねてきた。
「そういや、真琴ちゃんにもこの話してなかったっけ?」
「知らないけど多分してないわよ」
「そっか。じゃあ丁度いいね」
そして乃愛は深呼吸した。
「簡潔に結論から言っていくね。これは私が15の冬にわかったことなんだ」
「うん」
「ここまでの話を全てひっくり返すような話なんだけどね」
「……うん」
乃愛は少しだけ間を空けてから、衝撃の事実を口にした。
「私、鷹翅の子供じゃなかったの」
「へ?」
思わず声が出てしまった。それに動じず、乃愛は続けた。
「私は、友一と同じ……孤児だったのよ」




