昔の話③-6
思い当たる犯人はあそこしかなかった。私は実の両親を詰問することになった。
「ねえ、お父さんお母さん」
いつもなら家族和気藹々とした晩御飯だったのに、その日の私は到底そんな気分ではなかった。
「どうしたんだ?乃愛。そんな暗い顔をして……」
「学校でいじめられてるんだ」
「!?!?誰だ?そんなことをするのは……」
「新倉友一をいじめている犯人だって言われて、遠巻きにされているんだ」
当然の帰結だ。この街で根も葉もない噂を真実に変えられるそんな家、うちか古森家くらいのものだ。両親は2人とも、サーロインステーキをフォークに刺しっぱなしでこちらをぼんやり見ていた。
「ねえ?私はただ、ピアノを撤去して欲しかっただけなんだよ」
もうここまできたら、私だって痛いほど理解していた。これはただの意地悪だったのだ。成功していくであろう苦労人への嫉妬だったのだ。そんな、本気で憎み、本気で潰しにかかっていた訳ではないのだ。
「もうあんなことになったら、ピアノ弾かなくなっちゃう。たった1人の小学生にあんな陰湿なことして……ひどいと思わないの?」
「乃愛、勘違いしているぞ。僕らがそんなことするわけないじゃないか」
父はいまだに誤魔化そうとしていた。
「そんな……でも……」
「そんなことより中学受験だ。今のところ順調に成績を伸ばしていてとても安心しているよ。でも、ここからみんなどんどんスイッチを入れ始める。そうなったら置いてかれるかもしれないから、これからも精進……」
「誤魔化さないで!!」
大声が響いたが、次の矢は出てこなかった。ここで私が、ピアノの撤去を申し出ていなかったら、もっと言えたはずなのだが。
「……乃愛、よく聞きなさい」
母はようやく口を開いたと思ったら、きっとこちらを鋭い眼光で見てきていた。
「もしかしたらなんでと思うかもしれないけれども、これは貴方のためにやっていることなのよ。他ならぬ貴方が、困ってしまわないようにしてあげていることなの」
そして母は、かつて口にした言葉をここでも持ち出してきた。
「乃愛、あなたとあの子では住んでいる世界が違うのよ。気にしてはいけないわ」
それ以上深い追及を心の底から却下したその目を見て、私はそこから何も言えなくなった。ただ、ほんの少しの抵抗として、その日はステーキをほとんど食べずに残したのだった。




