昔の話③-4
その時彼はどう思ったのか。今では知りようもない。しかし1つだけ注釈をつけよう。信じられないと突っぱねられるかもしれないが、その時私がお願いしたのはピアノの撤去だけだ。
その時の私は、色んな意味でわがままな子供だった。ただ単に、自分がうまくいかなかったことに腹を立て、他のうまくいっている人にその場限りの八つ当たりをしているだけだった。別にピアノがなくなったって、音楽室に行けばいくらでも弾けるし、ピアノを提供する話だっていくらでもあった。つまりこれは単なる意地悪。子供の意地悪だ。
しかしこの行動が、大きく2つの影響を及ぼした。
1つ目は友一にだった。
「あんた、最低だね」
業者がピアノを撤去し、私の部屋のインテリアになって数日経ってから、真琴が1人窓の外を見ていた私に話しかけてきた。
「何が?」
「とぼけないで。大人が言ってた。古村の嬢ちゃんが弾きたくなったから、このピアノは回収だって」
「守秘義務違反ね。お父さんに言ってクビにしてもらうわ」
「何あんた?お嬢様気分?」
私は真琴の方など一度も見ずに外を見ていた。見てやるもんかとすら思っていた。
「友一、相当落ち込んでた」
「ふーん」
「あんたのせいだ!!!」
「そうだろうね。どうでも良いけど。そもそもあれ私のだし」
まともに話したくなくて、目を合わせていなかったから、当時の真琴の表情はわからない。おそらく鬼の形相だっただろう。
「これからコンクールの地区予選、本選ってあるのに、何で今のタイミングであんな酷いこと……」
「別に、そんなの私関係ないでしょ。ほら向こういって。そんなしょうもない人の話なんて、聴きたくないし」
捻くれた私に対して、真琴はぶちぎれたのだろう。私の胸倉を掴むと、ぐいっと彼女の手元に引っ張ってきた。そしてフリーになっていた右手で頬をバンっと一発ビンタした。私はなすすべなくそれを受け入れていた。
「次叩いたら殺してやる」
この言葉と、鬼気迫る表情だけはしっかり真琴へ向けていた。
「忘れないで。私らは生きてる世界が違うのよ。あんたらなんて1人死んだって誰も悲しまないんだから」
そして表情1つで、私は解放を促した。真琴はそれに従いパッと手を離した。
「私、あんたのこと嫌い」
こんな捨て台詞を残して。
「奇遇ね。私もあんたのこと嫌いだから、もう2度と話しかけてこないでね」
なんて言葉すらかけた気がする。そうした喧嘩の様子は、クラスのみんなが見ていた。勿論、友一もだ。その時彼がどう思ったのか。今となっては知りようもなかった。




