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昔の話③-3

 盛り上がる周りの声がうざったかった。無論拍手とかは、まだ無いんだけど。初めて見る正装の友一は、まるで遅れてきた七五三みたいだった。隣に少し歳の若い少女を設置したならば、完璧である。


 ガチガチに緊張した足取りでもなければ、自然でスムーズな足取りでも無い。ちょうど良い緊張感が彼を覆っていた。むしろ反応が異常だったのは見にきている方だった。無邪気な応援と余計な心配が場を包んでいた。正直言うと、コンサートではなくコンクールなんだから、このように1人の少年にのみ肩入れした反応は好きじゃなかった。親でも無いのに、大人数でそんなことされたら迷惑極まりない。


 ぺこりと頭を下げて、鍵盤へと向かっていく。彼が弾く曲はいつも1つだ。もうここまできたら、何も言わないでもわかるだろう。


 この曲を聴くのは2度目だったが、前とは段違いになっていた。一音一音がはっきりとした意志を持って、私達の心に響いてきた。小学生のコンクールにおいて、間違えないことが採点の対象となりやすいのだが、その次元に彼はいなかった。表現力、そこに旋律が載っていたのだ。


 おそらく大変な努力を重ねてきたのだろう。ここのところ多忙だったに違いないが、しっかりこのコンクールに合わせてきたのだろう。その努力が才能と掛け合っているのが手に取るようにわかった。聞いていた他の生徒や大人は違うかもしれない。しかし私だけは痛感していた。この子は違う世界の住人だと。


 それなのに私は、しかめっ面を崩さなかった。


 妬ましかった。羨ましかった。自分の立てない世界にいる彼が、私にとっては見ているだけで苦痛だった。それも、そこら辺のピアノ教室の子供ではない。自分の身近、いや言うなれば奴隷のような存在からの反逆。そうしたものが爆発した瞬間は、多分この日だ。


 演奏が終わるまで、私は1番前で腕を組んで睨んでいた。面白くない顔をしていた。終わった後の拍手の時もそうだ。手すら動かさなかった。終わった後も、すっと帰ってしまった。グループでの行動とか、全く守らなかった。


 世界一わがままで意地汚いお嬢様の誕生である。


 帰宅して早々に、私は打ち明けた。


「お母さん、私もう一度ピアノやりたい!」

「ええ?乃愛、あんなに嫌がってて、ピアノなんてどっかやってくれって……」

「これからは趣味で弾きたいなって思って!だからさ……」


 何でだろう。あの時溢れなかった笑みが、こんなところで溢れてしまった。


「養護施設に置いたあのピアノ、取り戻してよ!?」

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