4月7日その⑤
「わかんない」
未だに机に頬を置く乃愛。
「これから水泳部も忙しくなりそうやし、そしたら両立なんてできんかもやし」
「うんうん」
「でも、体育祭までは自分でしとう思うし」
自分で企画したものだものな。体育祭の10月開催。そりゃ、提案したのだから最後までやりたがるのは道理なことだ。
「周りの反応は完全にもう一回生徒会長やる前提になっとるし」
「それは思った。委員決めの時、乃愛だけ最初っからハブられてたもんな。遠坂は自分から生徒会入る!って抜けてたけど」
「そうそう、遠坂君にも念押しされてもうた。生徒会、もちろん続けますもんねって」
乃愛ははあああと大きなため息をついていた。周りから期待されるというのは、意外と重荷になるものだ。何一つ期待されていない自分からしたら、その環境はまるで異世界のようだった。
「……友一」
「なに?」
「…私の代わりに、生徒会しやん?」
あまりに想定外なパンチが飛んで来たために、俺は動揺して言葉が詰まってしまった。
「結構楽しいで生徒会!専用の部屋もあるし、やりがいもあるし、それに…」
「あー知ってるから、半年乃愛からたっぷり聞いたから大丈夫理解してる」
「んじゃ、しやん?」
気づけばご飯は食べ終わっていた。気づけば彼女は背筋をピンと伸ばしていた。
「しないかな」
「えー」
「興味ないし」
ぷくーーー。乃愛の頬が膨らむ。
「大体そんなの、自分がやりたいかどうかだろ?俺のことはどうでもいいから、自分で決めろ!な?」
そう言いつつ食器を流しに持っていく俺に、鋭い視線が向けられたいた。それに気づいたのは、シンクにお皿を置いた時だった。それは、これまでの不満とは違った、いやそれを通り越した、怒りの目だった。
「友一は自己中や」
そしてそれに、俺は乗っかってしまった。
「は?いきなり何言ってんだ……」
「自分勝手や横暴やわがままや!いっつもいっつも私の好きにさせてくれて、別に俺はいいからって苦労買って出てて」
「いや、それは誤解だぞ。俺は本当にどうでもいいんだ。苦労買って出てるなんて一つも…」
「あんたがどうでもよくても、あたしはどうでも良くないんや!」
怒鳴り声が、アパート中鳴り響いたかの如く反響した。
「ねえ友一、考えても見てや?私は働かんで部活も生徒会も思いっきりやっとってやで?あんたはおもんない顔して学校行って週5で働いてるんやで!それで働こか?言うてもその必要はない!って言い続けて、そりゃ、あんたは楽しいかもしれんし、満足なんかもしれんけど、私は…」
プルプルと震える彼女の手。絞り出すような声が、声量以上に響き渡った。
「自分が情けなく思っちゃうんや。何自分だけ楽しんでんねんって申し訳なく思っちゃうんや。やから……」
ここで言葉が途切れた。乃愛はふと我に返ってしまったようだ。即座に落ち込んだ顔をしていた。そしてこちらに目を合わせず立ち上がった。
「ごめん、言いすぎた。ごめん」
「あ……いや……」
そして一目散に玄関近くのクローゼットから雑に寝間着を掴むと、掛けてあったバスタオルを引っ張っていた。
「ほんまごめんな」
そしてドアを開けた。
「頭冷やしに、シャワー浴びてくるわ」
ドアの閉まる音が、いつもより大きく響いて仕方なかった。




