昔の話②-7
ジャズフェス当日、私達はついでに彼女の演奏を聴いていた。担任の先生と、私と、友一の3人だ。友一は見ての通り一言も話さないから、専ら私と先生の2人で会話が弾んでいた。それも、空虚な話題ばかりで、特に私は真剣に取り扱っていなかった。それよりも、これから登場するであろう従姉妹への期待で胸がいっぱいになっていた。
鷹翅弥生という名は、まだこの頃は一般層へ広まっていなかった。別にこの街が地元という訳でもない。しかしながらそんなものを感じられない、圧巻の演奏を見せた。
黒色のドレスが日差しに良く映えていた。お団子にしてまとめた黒髪は、言い知れぬ上品さを醸していた。さっと引かれたアイラインは、少し薄めの彼女の顔をよりくっきり目立たせていた。そして細い指が、無論つけまつげもネイルもない天然素材の爪が、鍵盤と調和して何一つズレなかった。
終わってからずっと拍手していた。それは私だけではなかった。スタンディングオベーションというのだろうか。座って見ていたお客さんまで、立ち上がって拍手をしていた。多分これは、演奏家にとって最大限の褒賞行為であろう。
「綺麗な音だった……」
ポツリと呟いたのは友一だった。その彼の本音に、私は全面的に同意した。
「どう?どう?友一君?」
担任の先生は興奮気味に友一に話しかけてきた。
「君もコンクールに出たらこんな風になれるかもしれないよ!」
「え……?」
「そう!ピアノってすごいんだよ!!日本中の、いや世界中の人達に見てもらって、こんな風に賞賛を受けることだってできるんだよ!それだけじゃなくて、何十年後、何百年後に至るまでみんなの心に響かせることだってできるんだ」
友一は先生の話に対して何一つとしてピンとくる反応を示していなかった。彼はこちらを見て、こんな質問を飛ばしてきたのだった。
「古村……さんも?」
「ん?」
「ピアノ、好き?」
「嫌いではないわよ。じゃないとこんなところ来ないし」
友一は消え入るような声でそっかぁ……と呟いているのを、私の耳は聞き逃さなかった。先に述べておこう。この発言を、後に私は完全に記憶から抜け落ちることとなる。
「それじゃあさ。そろそろ行こっか!」
そう言って先生の先導のもと、私らは演奏が終わった後の鷹翅弥生と対面することとなったのだ。お正月すら忙しくて帰って来れないレベルで忙しい人で、私としてもドキドキしていた。無論心の底では、今日の主役が私じゃなくて友一であることはわかっていた。




