昔の話②-6
職員室から出て来るところを、新原真琴は待ち構えていたようだった。確かこの子はこの子で別の委員の仕事があったはずなのだが、きちんと終わらせてからきたのだろうか。ともかく彼女は職員室を出てきた私らを見て、さっと私と友一の間に入った。そしてそのまま私を無視して友一を連れて行こうとしていたから、私はここまでのフラストレーションの発散も兼ねて彼女に声をかけてしまった。
「新原さん?委員会は終わったの?」
「終わったけど?何?そもそもあんたら、職員室にいた時間長かったわね?ゆうくんをいじめてたの?先生と寄ってたかって……」
「……コンクールに出ないかって、言われてた……」
ここで友一はようやく口を開いた。こう言われてから、真琴の顔が一気に明るくなった。
「いいじゃん!!いいじゃん!!絶対に出るべき!!」
「でもその前にプロのピアニストに演奏見てもらって、それから適したコンクールに応募しようって話になったんだ」
友一は今と違い、だいぶおどおどしながらものを話していた。この時も、周りをキョロキョロとしながら、どこかおとなしさがなかった。
「すごい!!!その場に私も行きたい!!!」
「で、その面倒を私が見ろって言われたの」
「なんであんたが見るのよ!あんた関係ないでしょ?」
「その場にたまたまいたからじゃない?それに私ピアノ習ってたし……」
私は少しだけ間をあけて、その間に唾をゴクリと飲み込んでいた。
「そのピアニスト、私の親類だし?従姉妹のお姉ちゃんが見てくれるんなら、私が出はるのも無理ないわよね?ま、あんたが来てもいいけど?」
「なんであんたがそんな上から目線で話してるのよ!!」
「べーつに?そもそも上だし。完全無関係なあんたとは違うしね」
ギリっと、歯軋りの音がこちらの耳にまで届いて来た。その音を聞いて心地いいと思ってしまったのは、当時の自分がもう堕ちていた証拠だ。
本当は私が面倒を見て欲しかった。本当はこんな奴より、親類の私を指南して欲しかった。当時からその想いは持ち続けていた。だからこの時も、クラスメイトを祝福しサポートする殊勝な態度ではなく、もしかしたら時間が余ったら私のピアノを見てくれるのではないか?そしたら埋もれていたピアノの才能が開花するんじゃないか?そんな低俗な夢物語からこんな立場を取っていた。
いつだって私は、本音を押し殺して策謀を練って、それを外していくのだ。
「それじゃあね、鍵盤にも触れたことのない貧乏人。もしも来たいって言っても、粗相だけは起こさないでね」
そんな悪役の捨て台詞を吐きつつ、私は踵を返したのだった。




